1. はじめに
近年、日本において子どもの近視が増加傾向にあります。特に、幼少期から近視を発症するケースが増えており、低年齢化が進んでいることが懸念されています。近視は単なる視力低下にとどまらず、進行すると将来的に強度近視や合併症のリスクを高める可能性があります。そのため、早期の対策が求められています。
こうした近視の増加は、日本だけでなく世界的にも深刻な問題となっています。デジタル機器の普及や屋外活動の減少など、ライフスタイルの変化が視力に影響を及ぼしていることが指摘されており、各国で予防策や治療法の開発が進められています。その中で、近視の進行を抑制する新たな手段として、点眼薬の活用が注目されています。
本記事では、日本で初めて承認された近視進行抑制薬「リジュセアミニ点眼液」について、その効果や安全性、使用方法などを解説します。近視が進行するメカニズムや最新の研究結果にも触れながら、新たな治療選択肢としての可能性を探っていきます。
2. 近視の概要
2-1. 近視とは?
近視は、目の前後の長さが長くなり、網膜の手前で焦点が合ってしまう屈折異常の一つです。その結果、遠くの物がぼやけて見え、眼鏡やコンタクトレンズによる矯正が必要となります。具体的には、近視はー0.5D(ディオプトリー※)以下、強度近視はー6.0D以下と定義されているようです。
近視の進行は、主に成長期の間に起こり、特に学童期に顕著に進行することが多いです。この進行は、遺伝的な要素や環境要因(近くの物を見る時間の増加)が関与しており、現代ではデジタル機器の多用がその原因として挙げられています。
※ディオプトリー(D)って何?
コンタクトレンズを購入する際に、「-1.75D」などという表記を見たことがある方は多いのではないでしょうか?なんとなく「数字が大きいほど近視が強い」とはわかっていても、具体的に何を示しているのかは知らない方も多いかもしれません。
ディオプトリーとは、レンズの屈折力を表す単位で、視力矯正に必要なレンズの度数を示します。マイナスの値は近視を意味し、数値が大きいほど近視の度合いが強いことを表します。矯正のためには、光を拡散させて焦点を後ろへ移動させる「凹レンズ(マイナスレンズ)」が必要になるためです。
ディオプトリーの数値は「焦点距離(ピントが合う距離)」の逆数で決まります。つまり、具体的には-1.00Dの人は、裸眼では1メートル先にピントが合うという意味になります。
- -2.00Dの人 → 0.5メートル(50cm)先にピントが合う
- -3.00Dの人 → 0.33メートル(33cm)先にピントが合う
- -5.00Dの人 → 0.2メートル(20cm)先にピントが合う
このように、数値が大きくなるほど、裸眼でピントが合う距離が短くなるということです。つまり、強度の近視になるほど、目の前のごく近い範囲しかはっきり見えなくなるというわけですね。
2-2. 近視の進行と視力への影響
近視は、一度発症すると徐々に進行することが多く、特に成長期の子どもでは進行スピードが速い傾向にあります。この進行は単なる視力の低下にとどまらず、将来的に深刻な視機能の問題を引き起こす可能性があるため、適切な管理が求められます。
2-2-1. 近視の進行メカニズム
近視の進行は、主に眼軸長1がさらに伸びることによって引き起こされます。成長期の子どもは眼球自体が発育途中であり、外部環境や生活習慣の影響を受けやすいため、特に注意が必要です。
- 急速に進行しやすい時期
近視は特に学童期(6~12歳)に進行しやすく、思春期(12~18歳)になるとそのスピードは緩やかになる傾向があります。しかし、一部の人では成人後も進行が続くことがあります。 - 遺伝と環境の影響
遺伝的要因に加え、スマートフォンやタブレットの長時間使用、屋外活動の減少などの環境要因が近視の進行に大きく関わっていることが近年の研究で示されています。
2-2-2. 進行した近視が視力に与える影響
近視が進行すると、単にメガネやコンタクトレンズが必要になるだけでなく、特に強度近視(-6.00D2以上)に達すると、眼軸長が過剰に伸び、網膜や視神経が引き伸ばされることで、視力や視機能に深刻な影響を及ぼす可能性があります。また、このような進行に伴い、以下のようなさまざまな合併症のリスクが高まります。
- 網膜剥離:眼軸が伸びることで網膜が薄くなり、破れやすくなるリスクが高まります。
- 近視性黄斑変性:黄斑部(視力の中心を担う部分)に障害が生じ、視力が不可逆的に低下する可能性があります。
- 緑内障:眼圧の上昇や眼構造の変化により、視神経が損傷を受けるリスクが高まります。
3. リジュセアミニ点眼液とは?
リジュセアミニ点眼液は、日本で初めて承認された近視進行抑制薬であり、2025年4月下旬に発売予定となっている目薬です。主成分はアトロピンという薬剤で、眼底検査などでよく用いられています。今回は、近視の進行を抑える目的で使用され、現在、特に小児や若年層の近視の進行を遅らせるための新たな治療選択肢として注目されています。
3-1. 近視進行抑制のメカニズム
アトロピンは、もともと眼科領域で散瞳薬(瞳孔を広げる薬)として知られていますが、近年では低濃度のアトロピン点眼が近視進行の抑制に効果があることがわかり、使用されるようになりました。アトロピンがどのように近視進行を抑制するかについては、まだ完全に解明されていませんが、以下のようなメカニズムが考えられています。
- 眼軸長の伸びを抑制:低濃度のアトロピンは、眼球の成長を調整し、眼軸長の過剰な伸びを抑える効果があるとされています。これにより、近視の進行が遅れることが期待されます。
- 調節筋への作用:アトロピンは瞳孔を広げる作用がありますが、調節筋の働きにも影響を与え、目の過度な負担を軽減することで、近視進行を抑えると考えられています。
3-2. 効能効果
リジュセアミニ点眼液の適応症は 近視進行抑制のみです。
近視の進行は主に 眼軸長の伸長によって生じると考えられており、特に学童期(5〜15歳頃) は眼軸長が著しく伸びる時期であるため、本剤の効果が期待されます。一方で、それ以外の年齢層では眼軸長の伸びが少ないため、進行抑制効果は限定的となります。
また、アトロピンには一度伸びた眼軸長を短縮する作用はない ため、本剤は近視の進行を抑えることを目的として使用されるものであり、既に進行した近視を改善するものではありません。そのため、本剤の適応は 進行抑制の効果が期待できる年齢層(5〜15歳程度)が目安 となります。
3-3. 用法用量
通常、1日1回1滴を就寝前に点眼します。
本剤の使用が就寝前とされている理由として、副作用の軽減が考えられます(詳細は副作用の項にて説明します)。
3-4. 副作用
アトロピンは散瞳作用を持ち、瞳孔が拡大すること羞明を感じやすくなります。羞明とは、通常の明るさの光に対して不快に感じる眩しさのことです。添付文書にもこの副作用が最も高い発症率として記載されています。1日1回、就寝前の使用が推奨される理由は、この副作用を避けるためと考えられます。その他、視力障害、霧視(霞んで見えること)、瞳孔異常、頭痛なども比較的多く報告されています。
3-5. 臨床成績
リジュセアミニ点眼液の有効性を評価するため、日本国内で5歳から12歳の小児743名を対象にプラセボ対照試験が実施されました。本剤を1日1回、就寝前に2年間点眼し、近視進行抑制効果をプラセボ群と比較しました。その結果、本剤を使用した群では、近視の進行が有意に抑制され、眼軸長の伸長も抑えられることが確認されました。
- 屈折度数の変化(近視の進行度)
2年間の治療により、リジュセアミニ群では近視の進行が-1.82Dであったのに対し、プラセボ群では-2.12Dの進行がみられました。これは、プラセボ群に比べて約14%進行を抑制したことになります。 - 眼軸長の変化
また、眼軸長の伸長はリジュセアミニ群で0.39mm、プラセボ群で0.47mmとなり、約17%の抑制効果が確認されました。
3-6. 使用上の注意
- 最初の1~2滴は捨てること
点眼薬を開封した際、容器破片などが混入する可能性があるため、最初の1~2滴は捨ててから使用してください。これにより、目に不純物が入るのを防ぐことができます。 - 1回切りの使用、残りは廃棄すること
本剤は保存剤を使用していませんので、1回の使用後に残った薬剤は廃棄してください。再利用は避けましょう。 - 遮光して保存すること
直射日光を避けて遮光保存してください。適切な保存方法を守ることで、薬剤の品質を保つことができます。
4. その他の近視進行抑制治療
4-1. オルソケラトロジー
オルソケラトロジーは、特殊なハードコンタクトレンズを就寝中に装着し、角膜の形状を一時的に変化させることで近視を矯正する方法です。これにより、日中は裸眼で過ごせるようになります。ただし、レンズの装用を中止すると角膜の形状と共に、視力もは徐々に元に戻ります。
4-2. 多焦点コンタクトレンズ
多焦点ソフトコンタクトレンズは、中心部が遠用、周辺部が近用に設計されており、周辺網膜のデフォーカスを軽減することで、眼軸長の伸長を抑制すると考えられています。臨床試験では、2年間の使用で近視進行が39〜50%、眼軸長の伸長が29〜36%抑制されたと報告されています[1] 。ただし、日中に装用するため、自己管理が可能な年齢の子どもが対象となりますが、オスロケラトロジーでは対応できない重度の近視患者に対しても有効とされています。
4-3. 低濃度アトロピン点眼液
リジュセアミニ点眼液は、日本で初めて保険適用となった近視進行抑制薬ですが、自由診療では以前から「マイオピン」などの低濃度アトロピン点眼薬が使用されてきました。マイオピンには0.01%および0.025%の濃度があり、リジュセアミニと同じ0.025%製剤も存在します。効果に関しては、リジュアセミ点眼の臨床成績に記載した通り、一定以上の抑制効果があります。
両者の大きな違いとして、リジュセアミニは保険適用となったことに加え、防腐剤を含まない1回使い切りタイプである点が挙げられます。対して、マイオピンは1本あたり約4,000円前後と比較的高額であり、防腐剤を含むため、長期使用時の眼への負担が懸念される可能性があります。これらの点で、リジュセアミニは一定のメリットを持つと考えられます。
4-4. レッドライト療法
近年、中国で可視光である特定波長(650nm)の赤色光が、眼軸の異常な伸びを抑制する効果が偶発的に発見され、研究が進められました。この赤色光を使用する「レッドライト療法」は、自宅で1日2回、3分間650nmの赤色光を覗き込むだけのシンプルな方法です。臨床試験において、毎日正しく実施されたお子さんの約9割で近視の進行が抑制されました。
ただし、この治療法は比較的新しく、長期的な安全性についてはまだ確認されていません。現在、東京科学大学病院にて臨床試験が行われており、今後の研究結果に注目されています。
5. まとめ
リジュセアミニ点眼液は、近視の進行を抑制するために開発された薬剤で、特に学童期(5〜15歳)の患者に効果的です。眼軸長の過剰な伸長が近視の進行の原因であることから、アトロピンの使用がその進行を抑えるメカニズムとして有効であるとされています。
近視の進行が視力に及ぼす影響は深刻で、強度近視の場合、網膜剥離や緑内障、近視性黄斑変性などの合併症のリスクも高まります。そのため、早期の進行抑制が重要です。
リジュセアミニ点眼液は、就寝前に使用することが推奨されており、その効果を最大限に引き出すために、1日1回、決められた用法・用量を守ることが重要です。
今後、リジュセアミニ点眼液が近視進行抑制において、より多くの患者に役立つことを期待しています。
【参考資料】
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