1. PPIのスイッチOTC化の背景と意義
PPI(プロトンポンプ阻害薬)とは、比較的近年開発された、非常に強力な胃酸分泌抑制の効果を持つ胃薬です。国内では、医師の診断を受けて処方される「医療用医薬品」に限られていました。欧米諸国ではPPIのOTC化が進む中、ようやく2025年6月より「パリエット®︎S」を皮切りに、一部のPPIがスイッチOTCとして市販されることになりました。
このOTC化にはいくつかの背景があります。まず、厚生労働省が進めている「セルフメディケーションの推進」政策があり、軽度な症状は市販薬で対応し、医療費全体の抑制を図ろうという狙いがあります。
また、PPIはすでに30年以上にわたる臨床使用実績があり、安全性が比較的確立されていることから、「薬剤師の指導のもとであればOTCとして使用できる」と判断されました。
さらに、これまでOTCの主流だったH2ブロッカーでは対応しきれないケース──たとえば、頻繁な胸やけや、繰り返す胃酸の逆流(GERD)など──に対し、より効果の高い選択肢としてPPIを提供できるようになることは、患者さんのQOL(生活の質)の向上にもつながると期待されています。
ただし、PPIは本来、正しい管理のもとで短期間使用するべき薬であり、漫然と長期使用することで副作用や他疾患のリスクが増すという側面もあります。この点が、OTC化までに時間を要した一因でもあります。
本記事では、こうしたPPIの性質を踏まえつつ、「どうすれば安全かつ有効に使えるか」を薬剤師の視点から、できるだけやさしく噛み砕いてご説明していきます。
2. 既存の胃薬のおさらい
胃の不調を感じたとき、市販薬売り場にはさまざまな「胃薬」が並んでいます。
その中で一般的に、攻撃(胃酸)を抑えるタイプの薬のほうが作用が強力とされ、よりはっきりとした症状の改善が期待できます。ここでは、PPI(プロトンポンプ阻害薬)と比較するための前提知識として、既存の代表的な市販胃薬の特徴をわかりやすくおさらいしておきましょう。
2-1. 粘膜保護薬
胃粘膜保護薬は、スクラルファート、テプレノンなどの成分を含み、胃の粘膜を保護し、荒れた胃の修復を促します。ただし、これらの薬は胃酸の分泌自体には影響を与えないため、胃酸過多による胸やけや酸逆流には効果が限定的です。
- こんなときに
- 空腹時の胃痛・胃もたれ、刺激物による胃荒れなどに。
- 注意点
- 胃酸過多が原因の場合は、制酸剤やPPIなどの使用が適しています。
- アルミニウム含有薬は高齢者、腎機能障害のある方では使用を避け、長期連用も控えるべきです。
2-2. H2ブロッカー
H₂ブロッカーは、ファモチジンやニザチジンなどに代表される胃酸分泌抑制薬で、胃壁細胞にあるヒスタミンH₂受容体に結合し、胃酸の分泌をブロックします。特徴として、即効性が高く、比較的効果も強力です。
- こんなときに
- 食事に関係なく、胃痛、胃もたれ、胸焼けなどを早く抑えたい時に。
- 注意点
- 連用により、耐性ができ効果が低下することがあります。
- 主に腎排泄なため、腎機能低下している方は、副作用が出やすくなる可能性があります。
2-3. 制酸剤
制酸剤は、中和反応をおこすことで胃酸の働きを弱め働きがあります。最も有名な制酸剤としては、酸化マグネシウムがあり、他にも炭酸水素ナトリウムや水酸化アルミニウムゲルなどもあります。
- こんなときに
- 一時的な胸やけや胃の不快感など、胃酸過多症状の緩和に。
- 一時的な胸やけや胃の不快感など、胃酸過多症状の緩和に。
- 注意点
- 炭酸飲料や酸性度の高い食品と同時に摂取すると中和作用が低下します。
- 腎機能が低下している場合、マグネシウムやアルミニウムが体内に蓄積し、弊害が起こることがあります。
2-4. 消化剤
消化剤は、食べ物に含まれる炭水化物・タンパク質・脂質を分解し、消化を助ける働きがあります。ジアスターゼやリパーゼなどの消化酵素が配合されているほか、胆汁の分泌を促すウルソデオキシコール酸を含む製品もあります。症状や用途に合わせて選びましょう。
- こんなときに
- 消化不良による胃もたれやおなかの張り、不快感があるとき。
- 消化不良による胃もたれやおなかの張り、不快感があるとき。
- 注意点
- 急性胃腸炎や胃潰瘍などの病気が疑われる場合は、自己判断で長期間使用せず、医師に相談しましょう。
3. 「胃酸が出る仕組み」を理解する
胃酸は、ただなんとなく出ているわけではありません。実は体内には、きちんと段階を踏んだ“胃酸分泌のスイッチ”が用意されています。
この仕組みを知ることで、なぜPPI(プロトンポンプ阻害薬)が「効き目が強い」と言われるのかが自然と理解できるはずです。
3-1. プロトンポンプとは?
壁細胞に存在するプロトンポンプ(H⁺/K⁺-ATPase)は、胃酸(塩酸)の生成において“最終工程”を担う重要なポンプです。
「ポンプ」という名称の通り、ATPのエネルギーを利用してカリウムイオン(K⁺)との交換を行いながら、水素イオンを胃内へ送り出します。この働きによって、胃の中に塩酸が形成され、食物の消化に必要な酸性環境が整えられるのです。
プロトンポンプが活性化すると、胃の中にpH1〜2という強い酸が放出され、タンパク質の変性や殺菌作用などの生理的機能がスムーズに進行します。
3-2. 壁細胞とプロトンポンプの働き
私たちの胃の中には、食べ物を消化するために「胃酸」が出ています。この胃酸は、胃の内側にある「壁細胞」という細胞がつくっています。
○胃酸はどこから出てくるのか?
壁細胞の中には、“プロトンポンプ”という装置のようなものがあり、ここが胃酸のもとになる「酸(=水素イオン)」を胃の中に送り出しています。
このポンプは、いわば“胃酸の元栓”のような存在。ここが動くことで、胃の中はとても強い酸性になります。
○プロトンポンプの凄さ
このプロトンポンプは、エネルギー(ATPという体内のガソリン)を使って、胃の中へ酸をしっかり送り出す仕組みになっています。
このおかげで、胃の中はレモンより強い酸性状態(pHでいうと1〜2)に保たれているのです。
3-3. 三重スイッチで胃酸がONに!
胃酸は勝手に出るわけではなく、“3つのスイッチ”がそろってONになることで、やっと出始める仕組みがあります。
- アセチルコリン:食事スイッチ
→ 食べ物を見たり匂いを嗅いだり、それだけでも「そろそろ消化が始まるぞ」と胃が反応。
→ 脳や神経(迷走神経)が壁細胞に「準備しといて!」と伝えます。 - ガストリン:膨満スイッチ
→ 食べ物が胃に入って袋がふくらむと、G細胞が胃酸分泌を促す「ガストリン」というホルモンを出します。
→ これがさらに「ヒスタミン」のスイッチを押す役目も持っています。 - ヒスタミン:実行スイッチ
→ ECL細胞から放たれ、実際に壁細胞に「ポンプをONにして酸を出せ」と指示します。
→ この3つが重なることで、一気にプロトンポンプが起動し、胃酸が大量に出ます。
3-4. 胃薬の効き方の違いをイメージで理解しよう!
これまでに、胃酸は「アセチルコリン・ガストリン・ヒスタミン」の3つの刺激を経て、最終的にプロトンポンプが作動し分泌される仕組みだとわかりました。
この複雑な流れを、ダムの放水にたとえると、PPIとH2ブロッカーの役割の違いが直感的に理解できます。
- PPI(プロトンポンプ阻害薬)
→ ダムの「放水ゲートそのもの」をロックしてしまう薬。
→ 外からいくら雨が降って水がたまっても、ゲートが開かなければ水(胃酸)は外に流れない。
→ そのため作用は強力かつ持続的で、GERD(胃食道逆流症)のように慢性的に胃酸が逆流するような場面に適している。
- H2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)
→ 放水ゲートを開けるための「管理者への連絡(ヒスタミン)」を遮断するイメージ。
→ つまり、ヒスタミンが関与する“放水の合図”だけを止める薬。
→ 他の合図(アセチルコリンやガストリン)が残っていれば放水=胃酸分泌は起こる可能性はある。
上記の他、表にすると以下のようになります。
項目 | ダムの例 | 説明 |
---|---|---|
食事・ストレスなどの刺激 | 雨や上流からの流入 | 上流から雨が流れ込むと、ダムが反応して放水準備を始めるように、食事やストレスなどの刺激が加わることで胃酸分泌のスイッチが入る。強い刺激ほど水量(=分泌量)も多くなる。 |
アセチルコリン・ガストリン・ヒスタミン | 放水指令を出す部署のサイン | 神経部(アセチルコリン)、ホルモン部(ガストリン)、局所指令部(ヒスタミン)がそれぞれ「放水せよ」と命令を出す。放水開始に向けて水門を開ける指示をする働きを持つ。※ガストリンはヒスタミン経路を介して作用する面もある。 |
壁細胞のプロトンポンプ | 放水ゲート | ダムの水門にあたる出口。各部署からの指令が届くと開き、水(=胃酸)を外へ送り出す。酸を分泌する最終装置。 |
H₂ブロッカー | 放水指令の一部をブロックする | ヒスタミン経路からの「放水せよ」だけを無効化する薬。水門に届くルートの一つを遮断するが、他の経路が生きていれば放水は起こる。部分的な抑制。 |
PPI | 放水ゲートそのものをロック | どれだけ雨が降っても、どれだけ多くの指令が来ても水門そのものが閉じているので開かない。非常に強力かつ持続的な抑制効果を持つ。 |
4. PPIの特徴
4-1. PPIは効くまでに時間がかかる?
市販の胃薬(ガスター10など)では、飲んでから比較的早く胃のむかつきが改善することがあります。一方、PPIは「より強力な薬」と言われる反面、「飲んですぐ効く」というわけではないのです。
実際には、PPIは効果が安定して現れるまでに、3〜5日程度かかることが多いとされています[1]。これは、薬そのものの効き方の仕組みに理由があります。
1回の服用ではごく一部しか抑えることができず、継続して服用することで徐々に多くのポンプがブロックされ、胃酸分泌の抑制が安定していきます。 そのため、服用初日の早い段階では「まだあまり効いていない」と感じることがありますが、これはPPIの薬理作用の特徴によるものです。逆に言えば、焦らず数日間は続けることが、PPIの真の効果を得るためには重要だといえます。
4-2. PPIを活かすより良い服用タイミング
PPIが効果を発揮するためには、以下の条件がそろう必要があります。
- PPIは胃酸により活性化される薬剤であり、酸性環境で初めてプロトンポンプを阻害できる。
- プロトンポンプは通常隠れた状態にあるが、食事などの刺激によって胃粘膜の表面に出現する。
さらに、次のような薬物動態や生理的特性も考慮すべきです。
- PPIが血中で最大の濃度に達するまでには、内服後2〜3時間かかる。
- 日本人では、1日のうち最も食事量の多い夕食後に、プロトンポンプが表面に多く発現する傾向がある[2]。
これらを踏まえると、PPIの効果を最大限に引き出すには、食事の約60分前、特に夕食前に服用することが良いのではないかと考えられます。
4-3. PPIの効果は人によって差が出ることもある?
PPIは、胃酸の強い環境下で“活性化”して初めて作用を発揮する薬です。一方で、体内での分解する際には「CYP2C19」という肝臓の酵素が関わっています。このCYP2C19の働きには遺伝的な個人差があり、日本人では「酵素の働きが弱いタイプ(PM)」の人が欧米人よりも比較的多いとされています。
代謝が速い人では、薬が早く分解されてしまい、効果が持続しにくくなることがあります。一方、代謝が遅いPMタイプの方では、薬が体内に長く残りやすく、そのぶん効果が強く現れる傾向があります。このように、同じPPIを同じ用量で服用しても、CYP2C19のタイプによって効果に差が出る可能性があるのです。
ただし、今回OTC化された3種類のPPIのうち、ラベプラゾール(パリエット®︎S)は、CYP2C19の影響を比較的受けにくいことが知られており、遺伝的な代謝の差による影響は少ないとされています。
4-4. 胃酸をしっかり止めるからこその“飲み合わせ注意”
PPIは、H2ブロッカーよりもはるかに強力に胃酸を抑える薬です。この“効きの強さ”は頼もしい反面、胃内のpHが変化することで、吸収や効果に影響を及ぼす薬があることもあります。
○一緒に飲む薬の効果が強く出てしまう場合
胃内pHの変化によって吸収が高まり、薬の効きすぎにつながるケースがあります。
- ジゴキシン(強心薬)
- 高用量メトトレキサート(免疫抑制薬)
○一緒に飲む薬の効果が弱める場合
酸性の環境でよく溶ける薬では、pHの上昇によって吸収が悪くなり、効果が落ちることがあります。
- リルピビリン(抗ウイルス薬)
- イトラコナゾール(抗真菌薬)
- ゲフィチニブ(がん治療薬)
他にも制酸剤なども関与する恐れがあり、短期間の服用であったとしても、他に飲んでいる薬などがあれば購入時に薬剤師に伝え、影響があるものか説明を聞いていくと良いと思われます。
4-5. PPIは夜間に効きづらい時間帯も
PPIは、胃酸分泌を強力に抑制する薬として知られていますが、「夜間」にはやや効きづらくなり、H2ブロッカーの方が優れているとの報告もあります。
夜間効果が劣るとされる理由として、以下のようなことが考えられています。
- 酸分泌メカニズムの違いは、4-2.の項でも述べた通りで、PPIは食事刺激によって活性化されたプロトンポンプに結合することで効果を発揮します。そのため、空腹状態が続く夜間には、活性型ポンプの出現が少なく、効果が発揮されにくくなる可能性があります。
一方、H2ブロッカーはヒスタミンH2受容体を直接ブロックする作用機序であるため、食事の有無にかかわらず夜間でも一定の効果を発揮できます。 - 夜間胃酸急増現象(NAB: Nocturnal Acid Breakthrough)
PPIを服用していても、胃内pHが4未満の状態が1時間以上続く現象を「夜間胃酸急増現象(NAB)」と呼びます。
これはPPIの効果が切れたというよりも、夜間は胃が空である場合が多く、少量の酸でもpHが大きく低下しやすいために起こると考えられています。
さらに、深夜にはヒスタミンが内因性に分泌され、胃酸分泌を促進することも知られています。こうした点から、夜間の胃酸分泌に対してはH2ブロッカーの方が抑制効果が高いとする報告もあります[3]。
5. PPIが短期間服用に制限された理由
スイッチOTCとして販売されるPPIは、原則として最大14日間の連続使用に制限されています。この制限は、OTC化に際して最も議論された点の一つであり、主に有害事象のリスクを低減することを目的としています。短期間の使用であれば、重篤な副作用の発生頻度は低く、安全性が比較的高いと考えられています。
5-1. 症状の「マスク効果」による重大疾患の見逃しリスク
PPIは胃酸分泌を強力に抑制するため、一時的に胸焼けや胃痛などの症状を緩和します。しかし、この効果により、消化性潰瘍、胃がん、ヘリコバクター・ピロリ感染症、機能性ディスペプシアなどの疾患の兆候が隠れてしまう可能性があります。
本来であれば、症状が持続することで患者が医療機関を受診し、疾患の早期発見・治療につながるはずですが、PPIの使用によって症状が一時的に消失すると、「治った」と誤認され、受診のタイミングを逃す恐れがあります。
特に、自己判断による市販薬の漫然使用は、「症状がなくなる=治癒」と誤解されやすく、診断や適切な治療の遅れにつながる可能性が指摘されています。
5-2. 長期の胃酸分泌抑制によるリスク
胃酸を抑えることは粘膜保護などに効果的な一方で、胃酸には細菌を殺す役割や栄養吸収の助けになる大切な働きがあります。したがって、短期間なら問題ない場合でも、長期にわたる抑制は様々なリスクを生じるおそれがあります。
- 腸管感染症
胃酸には、食物に含まれる有害菌を殺菌する重要な役割があります。しかし、PPIによって強力に胃酸分泌が抑えられると、胃の殺菌機能が低下し、それが現れる可能性があります。 - 胃炎の悪化や胃がんの進行リスク
ピロリ菌に感染している人が長期間PPIを服用すると、胃炎や胃がんのリスクが高まる可能性があります。ピロリ菌は、慢性胃炎や胃潰瘍、胃がんの主な原因とされており、いくつかの臨床研究においても、因果関係は明確になってはいませんが、増加の可能性を示しています[4]。
一方で、ピロリ菌に感染していない人では、PPIによる胃がんリスクの増加はほとんどないとされており、感染の有無が重要な分岐点と考えられます - その他の影響
エビデンスの強さや臨床的な影響は現時点では限定的とされていますが、胃酸抑制による理論的なメカニズムから、以下のような影響も念のため注意喚起がされています。- ビタミンB12の吸収低下
- 鉄欠乏性貧血(鉄吸収の低下)
- 骨折、骨粗鬆症(カルシウム吸収の低下)
5. PPIスイッチOTCの各製品の違い
今回は3種類のPPI製品が審査に通り、8月には全ての製品が発売されることになりました。メカニズムなど基本的なことはそこまで違いはありませんが、いくつか各製品の特徴もあるのでそれを紹介していきます。
5-1. 各製品共通している項目
5-1-1. 効能効果
今回スイッチOTC化された3製品(パリエットS、タケプロンS、オメプラールS)に共通している効能・効果は、「胃痛」「胃もたれ」「胸やけ」といった軽度な胃の不調に対するものです。
いずれの製品も、医療用で認められていた「胃潰瘍」「逆流性食道炎」などの器質的疾患や慢性疾患には適応がありません。これは、OTC医薬品が自己判断で短期間の使用が前提となっているためであり、長期にわたって服用が必要となるような病態については、自己判断ではなく医療機関での診断・治療が望ましいという前提に基づいています。
以下のような症状がある場合は、OTC薬では対応しきれない可能性があります。 特に以下のようなケースでは、重大な疾患の可能性があるため、医療機関の受診が推奨されます:
- 痛みが繰り返し続く(慢性化)
- 食事が摂れないほどの強い痛み
- 出血を伴う(吐血や黒色便)
- 数週間服用しても改善しない
5-1-2. 用法用量
PPIスイッチOTC薬は、1日1回、食事のタイミングに関係なく決まった時間帯に服用します。医療用医薬品と同成分であり、24時間効果持続が謳われているためです。
まずは3日間程度を目安に継続し、症状の改善が見られるか確認します(詳しくは「4-1. PPIには即効性がない?」を参照)。そして、最長でも14日間までの服用とします。
本剤は15歳未満の小児では使用できません。これは医療用医薬品の段階でも小児を対象とした十分な臨床試験が行われておらず、安全性・有効性が確立されていないためです。
用量に関しては、いずれの製品も医療用医薬品と同じ有効成分量であり、1種類の規格のみが販売されています。
医療用では、症状に応じて倍量の規格も使われますが、市販薬では安全性の観点から、1日1回1錠までに制限されています。
5-1-3. 副作用
PPIは短期間であれば比較的安全性の高い薬剤ですが、ごく稀に重篤な副作用が起こる可能性があります。以下のような症状が現れた場合は、直ちに服用を中止し、医師または薬剤師に相談しましょう。
- 重篤な副作用(頻度不明または極めて稀)
- アナフィラキシーショック:
急激な息苦しさ、血圧低下、意識障害など - スティーヴンス・ジョンソン症候群(SJS)/中毒性表皮壊死症(TEN):
高熱、皮膚や粘膜のただれ、水ぶくれ、目の充血・目ヤニなど - その他の重篤な疾患:
劇症肝炎、急性腎炎、間質性肺炎、汎血球減少症 など
- アナフィラキシーショック:
- 比較的よく見られる副作用(軽度または一過性)
- 消化器症状
便秘、下痢、吐き気、胃の不快感
- 消化器症状
5-1-4. 妊娠および授乳中
妊娠中使用については、いずれの製品も添付文書上、「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に使用を検討する」、「授乳中はなるべく避ける」と記載されており、原則として慎重投与とされています。
一方で、専門文献などにおいては、PPIは妊娠中・授乳中でも比較的安全性が高い薬剤群と評価されています[5]。よって、場合によっては、医師の適切な判断のもとで使用されることもあります。
授乳中についても、PPIは母乳中への移行が少なく、乳児への有害影響の報告も極めて限られていることから、授乳タイミングを調整することで使用可能とされるケースがあります。
5-2. 各製品の相違点
製品名 | 一般名 | 発売日 | 特徴・補足 |
---|---|---|---|
パリエット®︎S | ラベプラゾール | 2025年6月2日 | CYP2C19の影響を受けにくく、代謝の個人差が少ない(効果が安定しやすい) |
タケプロン®︎s | ランソプラゾール | 2025年8月1日 | 口腔内崩壊錠(OD錠)で、水なしでも服用可能(外出先などで便利) |
オメプラール®︎S | オメプラゾール | 2025年8月5日 | 医療用医薬品としては、世界で最初に承認されたPPI(PPIの原点的存在) |
上記の表からも分かる通り、安定した効果を重視する場合はパリエット®︎Sが有力な選択肢となります。 嚥下が困難な方や外出先での服用を想定する場合には、水なしで服用可能なタケプロン®︎sが適しています。 一方、オメプラール®︎Sは世界初のPPIとして長年の使用実績があるとも言えるでしょう。
6. OTC購入・服用時の注意点
6-1. ネットでの購入はできない
現在発売されているPPIスイッチOTC製品(パリエット®︎S、タケプロン®︎s、オメプラール®︎S)は、いずれも「要指導医薬品」に分類されています。これは、副作用や誤用によるリスクがあるとされる医薬品であり、薬剤師による対面での説明と販売が義務づけられている薬です。
そのため、現時点ではインターネットや通信販売で購入することはできません。薬局・ドラッグストアにおいて、薬剤師が常駐し、購入者に対して適正な説明ができる環境でのみ購入可能です。
※「要指導医薬品」は、使用経験が少ない新しいスイッチOTCなどが該当し、使用状況や安全性が一定期間評価された後、一般用医薬品(第1類)へ移行することもあります。
6-2. 他の胃薬との安易な併用には注意が必要
他胃薬と一緒に飲むことは、一見するとメカニズムが異なり相乗効果が期待されそうです。しかし、PPIは胃酸により活性化されるプロドラッグであるため、H2ブロッカーによって胃酸分泌が抑制されると、PPIの働きが十分発揮できなくなり、効力が減弱する可能性があります。
実際、医療用医薬品としてもPPIとH2ブロッカーの併用は推奨されておらず、原則は保険診療上も認められていません。(※ただし、夜間の胃酸分泌(NAB)に対して、医師の管理下で時間差併用が行われることがあります。これはOTCでの自己判断による併用とは異なり、専門的な判断が必要です。)
また、制酸剤(酸化マグネシウムなど)との併用にも注意が必要です。制酸剤は胃内pHを急激に上昇させることで、PPIの吸収や活性化に影響を与える可能性があるほか、酸化マグネシウムの緩下作用も減弱することが報告されています。
胃粘膜保護薬(ムコスタ®︎など)との併用は問題ないケースが多いですが、PPI単剤でも十分な効果が得られることが多いため、まずは単剤での使用を基本とするのが望ましいです。
7. PPI市販薬の更なる可能性
さらに、PPIやそれに近い仕組みで働く胃薬は、医療用医薬品として使われているものもあり、スイッチOTC化に向けて水面下で検討されています。
7-1. エソメプラゾール(ネキシウム®︎)
エソメプラゾールは、今回紹介した3種類のPPIのうち、オメプラゾール(オメプラール®︎S)の親戚にあたる薬です。オメプラゾールは、左右対称の鏡に映ったような構造を持つ化合物が2種類(鏡像異性体)混ざっていて、そのうち効果が高い「S体」だけを抽出したものがエソメプラゾールです。
この「S体」は、肝臓の代謝酵素であるCYP2C19の影響を受けやすいという懸念を大きく克服しています。つまり、オメプラゾールよりも個人差が少なく、効果が安定しやすいと考えられています。そのため、より長時間、強力な胃酸抑制効果が期待できます。
7-2. ボノプラザン(タケキャブ®︎)
従来のPPIは十分に強力な胃薬ですが、使用が増えるにつれて以下のような課題が指摘されてきました。
- 効果が現れるまでに時間がかかる
- 酸による活性化が必要である
- 肝臓の代謝酵素CYP2C19の影響で効果の個人差が大きい
- 夜間の胃酸分泌抑制が不十分な時間帯がある
これらの課題を解決するために開発されたのがボノプラザンです。ボノプラザンは「カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)」という新しいタイプの胃薬で、PPIと同じく胃酸の分泌を抑えますが、作用機序が異なります。
PPIは胃の壁細胞にある「プロトンポンプ」という酵素を直接阻害しますが、ボノプラザンはプロトンポンプに必要なカリウムイオンの結合を競合的に妨げることで、より速やかに強力な胃酸抑制を実現します。
この仕組みにより、ボノプラザンは服用初日から胃酸分泌をしっかり抑えることができ、急性期の症状改善に優れていると臨床試験でも示されています。また、PPIに影響を与えるCYP2C19の代謝差による個人差が少ないことも大きな利点です。日本では「タケキャブ®︎」として販売されており、逆流性食道炎や胃潰瘍の治療に対して高い効果が認められています。
今後、この新しいタイプの胃薬のOTC化が議論されており、より早く症状を改善できる選択肢として注目されています。
【参考文献】
- Shin JM, Kim N. Pharmacokinetics and Pharmacodynamics of the Proton Pump Inhibitors. Gut Liver. 2016 Mar;10(2):231–241. ↩︎
- Sugano K, et al. Appropriate timing of proton pump inhibitor administration. Gut Liver. 2016 Nov;10(6):929-936. ↩︎
- Peghini CA et al. Nocturnal acid breakthrough on proton pump inhibitors: the role of H2-receptor antagonists. Am J Gastroenterol. 1998;93(5):763-7. ↩︎
- Segna D, et al : Association between proton-pump inhibitors and the risk of gastric cancer : a systematic review with meta-analysis. Therap Adv Gastroenterol 14 : 17562848211051463, 2021. ↩︎
- Ito S, et al. Drug therapy for gastrointestinal disease in pregnant and lactating women. Best Pract Res Clin Gastroenterol. 2007;21(5):849–869. ↩︎
コメント