1. はじめに
冬の寒さが本格化するにつれて、インフルエンザが流行のピークを迎えます。特に2024/2025シーズンでは、年末1週間の1医療機関あたりの患者数が、現行の調査方式以降では過去最多を記録したと報告されています。この急激な患者増加により、抗インフルエンザ薬や咳止め薬など、一部の医薬品が供給不足に陥る事態となっています。
これらの状況はニュースでも大きく取り上げられ、多くの方が「もし自分や家族がインフルエンザにかかったらどうしよう?」と不安を感じていることでしょう。
このブログでは、薬剤師としての視点から、インフルエンザ感染時の家庭での対応方法や、薬が不足している場合の現実的なセルフケアのポイントをわかりやすく解説していきます。不安を軽減し、冷静に対応できる知識をぜひお役立てください。
2. インフルエンザに関する情報
2-1. インフルエンザとは
インフルエンザとは、インフルエンザウイルスによって引き起こされる急性の呼吸器感染症で、主に高熱、咳、喉の痛み、筋肉痛、倦怠感などの全身症状が強く出ることが特徴です。感染は飛沫や接触を通じて広がり、特に冬季に流行します。インフルエンザは、予防接種によってある程度予防可能ですが、発症後は抗ウイルス薬の早期投与が効果的です。
2-2. インフルエンザと風邪の違い
インフルエンザの症状は一般的な風邪(かぜ症候群)と類似していることが多いですが、両者は異なる病気であり、原因や症状、発症の速さ、合併症などに多くの違いがあります。以下に、インフルエンザと風邪の違いをまとめました。
インフルエンザ | かぜ症候群 | |
---|---|---|
原因ウイルス | インフルエンザウイルス (A, B, C, D型) | ライノウイルス コロナウイルス アデノウイルスなど |
主な症状 | 関節痛、全身倦怠感などの 強い全身症状、 38℃以上の高熱、 咳、鼻水、のどの痛みなど | 微熱 咳、鼻水、のどの痛みなど |
合併症 | 急性脳症(小児) 肺炎(高齢者) | あまりなし |
発症 | 急激 | 緩やか |
ワクチン | 不活化ワクチン 経鼻生ワクチン | なし |
特効薬 | タミフル、リレンザ、 イナビル、ゾフルーザなど | なし |
2-3. インフルエンザの治療薬関連
2-3-1. インフルエンザ治療薬
現在主に5種類の薬剤が使用されていますが、すべての薬は結果的に原因ウイルスの増殖を抑えるためのものであり、現存するウイルスを殺滅するわけではありません。よって、増えきってしまってからの投与だと効果が薄いため、発症から出来る限り早い48時間以内の投与が推奨されています。ただし、それ以降であっても効果が期待されることもあるために、薬が処方された場合はしっかり飲み切る必要があります。
また、免疫力が低い幼児や基礎疾患を持つ小児に対しては、抗インフルエンザ薬の投与が推奨されています。一方で、健康な小児に関しては、インフルエンザは自然に軽快することが多いため、抗ウイルス薬の投与は必須ではないとされています[1]。
医薬品名 | タミフル | リレンザ | ラピアクタ | イナビル | ゾフルーザ |
---|---|---|---|---|---|
一般名 | オセミタミブル | ザナミビル | ペラミビル | ラニナミビル | バロキサビル マルボキシル |
剤型 | カプセル ・DS | 吸入 | 点滴 | 吸入 | 錠剤・顆粒 |
年齢 | 生後2週以上 | 5歳以上 | 生後4週以上 | 吸入が適正に行えるようであれば使用可 | 5歳以上 20kg以上 |
治療用法 | 1日2回 5日間 | 1日2回 5日間 | 単回1 | 単回 | 単回 |
予防用法 | 1日1回 10日間 | 1日1回 10日間 | 予防不可 | 予防不可 | 単回 |
特徴 | 全年齢小児推奨 | 喘息およびCOPD 患者注意 | 取り扱い医療機関少 | 喘息およびCOPD 患者注意 | 乳幼児非推奨 (耐性多) 12歳以上の小児推奨2 |
2-3-2. 抗ウイルス薬による異常行動の関連性
抗ウイルス薬が国内で使用され始めた当初、10代の服用者の中で異常行動を起こし、転落死に至る痛ましい事故が複数件報告されました。このため、「タミフル」などの抗ウイルス薬による副作用が疑われ、厚生労働省から緊急安全性情報が発表され、小児に対して一時的に使用制限が課されました。
しかし、近年の研究では、抗ウイルス薬と異常行動の因果関係は明確ではないとされています。むしろ、インフルエンザそのものが異常行動を引き起こしやすいことが明らかになり、これが主な原因と考えられるようになりました。よって、インフルエンザ感染中は、薬の投与の有無関係なく、小児や未成年者が異常行動を起こす可能性を考慮し、目を離さずに見守ることが重要です。
2-3-3. 抗ウイルス薬の予防効果
タミフルなどの抗ウイルス薬の一部には、インフルエンザ予防としての適応もあります。しかし、インフルエンザの予防において最も重要なのは、予防接種であることを理解する必要があります。その上で、家族内にインフルエンザ患者がいる場合や、濃厚接触のリスクが高い場合には、接触後48時間以内に抗ウイルス薬を投与することが推奨されます。この予防効果は、特に感染リスクが高い人々に対して有効とされています。
3. 自宅でインフルエンザが疑われる際の対応
インフルエンザの流行期は感染が拡大し、医療機関が患者の急増により切迫した状況に陥っています。そのため、少しでも疑いのある方が全員医療機関に押しかけると、大変な事態になる恐れがあります。このセクションでは、インフルエンザを疑った際の対応について、症状や状況に応じた対策を解説します。
3-1. 医療機関をすぐに受診すべき人
以下のような人は、症状が出たらできるだけ早く医療機関を受診することが重要です。
- 高齢者(65歳以上)や乳幼児:免疫力が低く、重症化しやすいです。
- 妊婦:基礎疾患がある方と同様に、肺炎などの合併症のリスクが高くなります。
- 基礎疾患がある人:特に糖尿病、慢性呼吸器疾患、心疾患、免疫抑制状態の人は注意が必要です。
- 高熱が続く、または急激な症状の悪化:38℃以上の熱が数日続く、呼吸困難、胸の痛みなどが見られる場合。
3-2. 健康な成人が行うべきケア
健康な成人の場合、インフルエンザと疑われても、軽症であれば自宅療養で十分対応可能です。以下のポイントを守りましょう。
- 十分な休養と水分補給
- 発熱による脱水を防ぐため、こまめに水分を摂取。経口補水液もおすすめです。
- 体力回復のため、睡眠をしっかり取る。
- 必要に応じた対症療法
- 解熱剤はアセトアミノフェンを推奨(NSAIDsの使用は避ける)。
- 咳や鼻水がつらい場合、市販薬を利用するのも一つの方法(薬剤師に相談)。
- 医療機関の受診を検討する基準
- 症状が悪化する場合(例:息苦しさ、意識障害)。
- 高熱が3日以上続く場合。
3-3. 拡大防止のための家族への対応
家庭内での感染拡大を防ぐために、次のような対策を行いましょう。
- 隔離
- 患者は可能な限り個室で過ごす。家族と接触する際はマスクを着用しましょう。
- 患者が触れる物品(リモコン、ドアノブなど)は定期的に消毒。
- 衛生管理
- 手洗いを徹底(特にトイレや食事の前後)。
- 部屋を適度に換気し、空気の流れを良くする。
- 感染リスクの高い家族を守る
- 高齢者や基礎疾患のある人は、患者と接触しないようにします。
- 予防接種を事前に受けておくことも有効です。
4. 代替できる市販薬
現在、医療機関では慢性的な薬不足が問題となっており、さらにインフルエンザの急増によってその影響が深刻化しています。また、季節の変わり目は急な体調変化が生じやすいため、事前に市販薬を準備しておくことが重要です。特に、自己管理のために備える市販薬は、適切に選ぶことで症状の軽減に役立ちます。
市販薬の選択肢として、総合感冒薬は便利で複数の症状に対応できますが、その反面、不必要な成分を摂取することで副作用や薬物相互作用のリスクが高まる可能性があります。そのため、特定の症状をピンポイントで治療できる単剤(必要に応じて一部の合剤)を選ぶことをお勧めします。
本記事では、市販薬の中でも単剤を中心に、必要に応じた活用法をご紹介します。症状に応じた適切な薬の選び方を知り、インフルエンザシーズンを安心して過ごしましょう。
4-1. 抗ウイルス薬、抗菌薬
インフルエンザウイルスそのものを抑える「タミフル」などの抗ウイルス薬や、細菌性肺炎などのインフルエンザ合併症を予防・治療するための抗菌薬に関しては、市販薬で代替することはできません。これらが必要な場合は、早めに医療機関を受診することが重要です。
4-2. 解熱剤
インフルエンザに伴う発熱や痛みを緩和するために解熱鎮痛剤を使用する場合、小児・成人ともに以下の点を考慮することが重要です。
4-2-1. 推奨される解熱鎮痛剤
- アセトアミノフェン
アセトアミノフェンは安全性が高く、小児・成人問わず、優先されて使用されています。特に小児においては、インフルエンザ脳症のリスク回避の観点からも推奨されます。
市販薬として、
1錠300mg;カロナールA、タイレノールA、ノーシン アセトアミノフェン、リングルN300など
1錠100mg;バファリンルナJ
1錠 33mg;小児用バファリンCII
4-2-2. 避けた方が良い解熱鎮痛剤
- ジクロフェナクナトリウム(市販薬:内服では該当なし)
小児ではインフルエンザ脳症のリスクを高める可能性があるため、使用を避けることが強く推奨されています。 - アスピリン(市販薬:バファリンA3など)
小児においてライ症候群のリスクがあるため、特にインフルエンザや水痘では使用を避けるべきです。 - その他のNSAIDs
現時点で、その他のNSAIDsがインフルエンザ脳症のリスクを有意に高めるという明確なエビデンスは存在しません。以前はリスクを高めるとされていたメフェナム酸[2]も同様です。しかし、炎症性サイトカインを抑制する作用によりリスクを完全には否定できないため、特に小児への使用はアセトアミノフェンが第一選択となります。
4-2-3. 解熱鎮痛剤の必要性
発熱そのものはウイルスと戦う体の働きの一部であるため、解熱を急ぐ必要がないケースが多いことを理解しておくことも重要です。特に、38〜38.5℃程度の発熱があっても、感染者が比較的元気であれば、必ずしも解熱剤を使用する必要はありません。しかし、ぐったりしている、元気がないなど明らかな不調が見られたり、著しい高熱が続く場合には、適切な解熱鎮痛剤の使用が検討されます。
4-3. (非麻薬性)咳止め
咳を抑える効果としては、ジヒドロコデインなどの麻薬性鎮咳薬の方が高いです。しかし、乱用による依存性や気道分泌を妨げる点などから、今回は非麻薬性鎮咳薬と漢方薬に絞って紹介します。
成分 (医療用先発品) | 市販薬 | 特徴 |
---|---|---|
デキストロメトルファン (メジコン) | メジコンせき止め錠Pro | 眠気あり (運転や作業注意) |
チペピジン (アスベリン) | 該当なし | やや眠気あり |
クロペラスチン (フスタゾール) | 該当なし | ー |
麦門冬湯 | クラシエ ツムラ 麦門冬湯 マツウラ | 乾いた咳に有効 |
清肺湯 | ツムラ 清肺湯 | 痰を伴う咳に有効 |
4-4. 去痰薬
市販薬 | 作用機序 | |
---|---|---|
カルボシステイン (ムコダイン) | ムコダイン去たん錠Pro500 | 痰の量が多く、 粘性の高いの痰に有効 |
アンブロキソール (ムコソルバン) | 単剤該当なし (総合感冒剤に配合) | 気道に作用し痰の排出促進 鼻腔内の排膿促進 |
ブロムヘキシン (ビソルボン) | 単剤該当なし (カルボシステインと合剤) | キレの悪い痰に有効 |
カルボシステインと ブロムヘキシンの合剤 | 去痰CB錠 ストナ去たんカプセル ビタトレール去たん錠 など | 痰の粘性を低下させ、 かつキレの悪い痰に有効 |
4-5. 麻黄剤
近年、新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに注目されるようになったのが麻黄剤です。その代表例である 「麻黄湯」 は、解熱作用に加え、インフルエンザウイルスそのものへの効果が期待される漢方薬として知られています。一部の研究では、麻黄湯がインフルエンザに対し、タミフルをはじめとした抗ウイルス薬に匹敵する効果を示す可能性があるとされています。具体的には、ウイルスの増殖抑制、麻黄の解熱作用、杏仁による鎮咳・去痰作用など、複数の働きが期待できます。
麻黄湯は、 発症初期で体力がある段階に汗が出るまで使用するのが基本です。一方で、体力が弱い方や高齢者には、麻黄湯は強すぎるため、代わりに「麻黄附子細辛湯」を、より体への負担が少ない処方が推奨されます。麻黄湯も麻黄附子細辛湯も市販薬として薬局で購入可能です。
5. インフルエンザ脳症
インフルエンザ感染症において、最も重くかつ注意しなくてはいけない合併症の一つが、このインフルエンザ脳症になります。
5-1. インフルエンザ脳症とは?
インフルエンザ脳症は、急性の意識障害を主症状とする病態であり、発症後12〜24時間以上続く意識障害を特徴とします。インフルエンザウイルスの診断が重要で、迅速診断キットやウイルス分離検査が使用されます。発症は通常、高熱後に発生し、けいれんや異常行動、頭蓋内圧亢進症状を伴うことがあります。予後は厳しく、死亡や神経後障害を引き起こすことが多いため、早期診断と治療が求められます。
5-2. インフルエンザ脳症の予防
現時点では、インフルエンザ脳症を直接予防するための明確な方法は確立されていません。そのため、インフルエンザ自体の発症を予防すること、すなわちインフルエンザワクチンの接種が、最も効果的な予防策とされています。
【参考資料・参考文献】
- 日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会. 「2024/25 シーズンのインフルエンザ治療・予防指針」. 2024年. ↩︎
- 日本小児科学会「小児における解熱鎮痛剤の使用に関する考え方」より(https://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=201) ↩︎
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