1. はじめに
外用薬の効果を最大限に引き出すためには、皮膚における薬の吸収メカニズムを理解し、適切な塗布方法を守ることが重要です。ここでは、皮膚を介した薬の吸収の仕組みと、誤った塗り方が引き起こす問題について解説します。
1-1. 皮膚における薬の吸収の仕組み
皮膚は、外側から順に表皮、真皮、皮下組織の三層構造になっています。さらに外用薬は主に表皮の最外層である角質層を通過して吸収されます。角質層はレンガとモルタルのような構造をしており、レンガに相当する角質細胞と、モルタルに相当する細胞間脂質から成り立っています。薬剤は主にこの細胞間脂質部分を通過して浸透します。
1-1-1. 薬剤の性質
薬剤の吸収は、主薬の分子の大きさや水に溶けやすいか脂に溶けやすいかによって大きく左右されます。一般に、分子が小さく、脂溶性を持つ薬剤は角質層を通過しやすくなります。しかし、角質層より下の層は親水性であるため、脂溶性が高すぎると、主薬が角質層に留まり、深部へ浸透しにくくなります。そのため、薬剤が適切に浸透するためには適度な脂溶性が求められます。
1-1-2. 皮膚の状態
角質層の厚さや水分量、皮膚の部位によって薬剤の吸収率が異なります。例えば、顔や首などの皮膚は薄く、薬剤の吸収率が高くなり、角質層が厚い部位(手のひら、足の裏など)では吸収が低く、反対に皮膚が薄い部位(まぶた、陰部など)では吸収率が高いため、外用薬の選択や塗布量を調整することが重要です。
さらに、皮膚バリアが破壊されている場合(炎症や傷、乾燥によるひび割れなど)には、通常よりも薬剤の吸収が大幅に高まることが知られています。例えば、タクロリムス軟膏(プロトピック®︎)は分子量が大きいため、正常な皮膚からはほとんど吸収されませんが、アトピー性皮膚炎などで皮膚バリアが損なわれた部位では吸収率が上がり、効果を発揮します。
1-1-3. 基剤や剤形
外用薬の基剤(薬の成分を溶解および分散させる物質)や剤形(軟膏、クリーム、ローションなど)は、薬剤の経皮吸収に大きく影響を与えます。適切な基剤や剤形を選択することにより、薬剤の浸透性や効果を最大限に引き出すことができます。
1-2. 誤った塗り方が引き起こす問題
1-2-1. 不十分な効果
外用薬は適切な量を使用しないと、十分な効果を発揮できません。医師は患者が適切に使用することを前提に薬を処方しています。もし薬の使用量が不十分であれば、より強力な薬を使用する必要が生じる可能性があり、治療効果が得られないだけでなく、不必要な副作用やリスクを引き起こす原因となります。
1-2-2. 副作用リスクの増加
外用薬を過剰に塗布したり、吸収率の高い部位に強い薬剤を使用したりすると、副作用のリスクが高まります。特に、皮膚が薄い (頬、頸部、陰部など) 部位では、薬剤の経皮吸収率が上昇しやすく、注意が必要です。
特に、ステロイド外用薬の場合、毛細血管拡張、酒皶様皮膚炎(主に顔に発生し、ほてりを伴う赤み)、皮膚萎縮、細菌やウイルスなどによる皮膚感染症のような局所副作用が発生する可能性があります。特に、 長期間にわたる使用や、不適切な部位への強力なステロイド使用はリスクが高くなるため、医師や薬剤師の指示を守ることが重要です。
1-2-3. アドヒアランスの低下
外用薬を誤った方法で使用すると、十分な効果が得られず、「薬が効かない」と患者さんが感じ、アドヒアランス(医師の指示に従い、積極的に治療に取り組む姿勢)が低下する可能性があります。その結果、自己判断で薬を中断し、症状の悪化や治療期間の延長を招く恐れがあります。
アドヒアランス向上のためには、
- 適正な塗布量や塗り方の説明を受ける
- 外用薬の効果や必要性を理解し、不安を軽減する
- 「効かない」と感じたら自己判断で中断せず、医師や薬剤師に相談する
上記の様に、医師や薬剤師としっかり意思疎通しながら、正しい治療を継続していくことが望まれます。
2. 外用薬の正しい塗り方(基本編)
2-1. 塗布する時間
外用薬の塗布タイミングとして、1日1回の使用であれば、入浴後が最適であるとされています。その理由として、以下の点が挙げられます。
2-1-1. 薬剤の浸透性の向上
入浴後は角質層の水分量が増加し、薬剤の経皮吸収が高まりやすくなることが示唆されています。また、入浴によって皮膚温が上昇し、血流が促進されることで、薬剤の吸収がさらに向上する可能性があります。したがって、入浴後に外用薬を塗布することで、薬効を最大限に引き出しやすくなります。
2–1-2. 皮膚の清潔保持によるリスク回避
皮膚が汗や皮脂で汚れていると、黄色ブドウ球菌などの細菌が増殖しやすい環境になります。特に、ステロイド外用剤やタクロリムス軟膏などの免疫抑制剤を含む外用薬を不衛生な状態の皮膚に使用すると、細菌感染のリスクが高まる可能性があります。
そのため、シャワーや入浴を行い皮膚を清潔にした後に塗布することで、感染リスクを軽減し、より安全に外用薬を使用することができます。
2-2. 適量の目安
外用薬の適切な使用量は非常に重要です。「FTU(フィンガーチップユニット)」は、外用薬の適量を測るための指標の一つです。成人の場合、1FTUは指先から第一関節までに塗る薬の量に相当します。この1FTUの量で、ほぼ成人の両手のひらの面積に塗布することができます。
特に保湿剤に関しては、塗布量が不足していることが多いため注意が必要です。適切な量を使用しないと、保湿効果が不十分になり、症状の改善が見られない可能性があります。十分な量を塗布することが大切ですが、特にアトピー性皮膚炎の治療においては、保湿は不可欠なため、やや多めに塗ることも有効です。
2-3. 塗るときのコツ
外用薬の効果を最大限に引き出すためには、塗布方法が非常に重要です。正しい方法で薬剤を塗布することで、効果的に皮膚に浸透し、望ましい治療結果を得ることができます。以下のポイントに気をつけて塗布しましょう。
(1) 優しく塗布する
外用薬は通常、強く擦り込む必要はありません。皮膚を傷つけないように優しく塗布しましょう。乾燥や炎症が強い部位では、特に肌に負担をかけないように注意しながら薬剤を広げます。
(2) 適量を使用する
外用薬は適切な量を使用することが極めて重要です。過剰に塗りすぎても薬剤が皮膚に十分に吸収されない場合があります。また、逆に塗布量が少なすぎると効果が十分に得られないことがあります。適量を使用して皮膚全体に均等に塗布しましょう。
(3) 塗布後は手を洗う
外用薬を塗布した後は、必ず手を洗うことを忘れないようにしましょう。特に顔や目の周りに塗布した場合は、手についた薬剤が他の部位に移るのを防ぐため、すぐに手を洗うことが重要です。
3. 外用薬の「塗る順番」正解ガイド
3-1. 保湿剤と他外用薬どちらを先に塗るべきか?
保湿剤と他の外用薬を併用する場面は少なからずあります。例えば、複数の薬を重ね塗りをした場合、後から塗る薬の吸収が低下するのではないか?と考える方もいるかもしれません。しかし、実際には基剤や乳化剤、その他の添加物によって吸収の影響は異なるため、単純に吸収が増減すると断言することはできません。また、外用薬の塗布順序に関して、吸収率が明確に治療にまで影響するほど増減するというエビデンスも存在しないため、塗る順番を過度に気にする必要はないと考えられます。
一般的には、広範囲に塗布する保湿剤を先に塗り、ピンポイントで広げたくないステロイド外用薬のような薬は、後に塗る方法が取られることが多いです。ただし、順番が逆だからといって効果がなくなるわけではありません。例えば、露出して擦れやすい部位に対しては、ワセリンなどで保護する方法もあります。
最終的には、使用する薬剤の種類や患者の状態に応じて、医師の指示に従うのが最も適切です。薬剤の性質や患者の皮膚の状態によって、最適な順序が異なることもありますので、医師が示す使用方法を守ることが重要です。ただし、忘れてしまったりすぐに聞けない場合には、そこまで気にかけなくても良いと言うことです。
3-2. 複数の外用薬の使用間隔
目薬の場合、できれば5分間開けるのが理想とされています。その理由は、立て続けに使用すると、最初に使用した目薬が流れてしまい、十分な効果が得られない可能性があるためです。
では、外用薬の場合はどうでしょうか?理論的には、目薬と同様に数分間の間隔を開けるのが望ましいと考えられます。これは、相互の影響を避け、各薬剤が十分に効果を発揮できるようにするためです。しかし、目薬のように薬剤が流れるわけではないため、広範囲に塗布する場合を除けば、使用間隔をあまり気にしなくても問題はない場合が多いです。特に、アドヒアランス(服薬尊守)に影響を与えることがあるため、特別な注意が必要な薬剤でない限り、直後に別の薬を塗布しても大きな問題はありません。
4. やりがち!間違った塗り方NG例
4-1. 「薬は擦り込む方が効く」
薬は基本的に一部を除き優しく塗布するのが正しい使い方です。それでも、「擦り込んだ方が効くのでは?」と思う方もいるかもしれません。
結論から言うと、「薬を擦り込むと吸収率が上がる」こと自体は事実です。しかし、軽く塗布しても十分に吸収され、効果は発揮されます。また、擦り込むことで皮膚を刺激し、炎症を悪化させるリスクがあるため、基本的には擦り込む必要はありません。
4-2. 「患部だけに塗ればOK」
特にステロイド外用薬のような強い薬は、「患部のみに塗布するように」と医師や薬剤師から指示されることが多いでしょう。しかし、ここで言う「患部」とは、目に見える症状がある部分だけを指すわけではありません。
炎症は症状が現れている部位の周囲にも広がっていることが多いため、少し広めに塗布するのが正しい方法です。そのため、本当に皮膚に変化が起きている部分だけに塗ると、炎症を十分に抑えられず、治療効果が不十分になる可能性があります。
4-3. 「湿疹が治ったらすぐに薬を中止」
湿疹やかゆみが治まると、特に強い薬であれば必要以上に薬を使いたくないと考え、すぐに中止してしまう方が少なくありません。しかし、見た目上は治ったように見えても、皮膚の内部では炎症が残っていることが多いため、自己判断で中止するのは誤りです。
特に慢性的な湿疹の場合、治療期間が不十分なまま薬をやめると、再発しやすくなり、さらに慢性化する原因となります。副作用が現れるなどの異常がない限りは、医師の指示があるまで適切な期間使用することが重要です。
4-4. 「塗った後に早めに洗い流す」
特に軟膏など、ベタつき感が強い外用薬を使用する際、塗った後にすぐ洗い流してしまう方もいます。しかし、外用薬は通常、薬が十分に効果を発揮するためにはおおよそ1~2時間程度かかります。そのため、最低でも30分程度はそのままにしておくことが推奨されます。もしベタつきが気になる場合は、クリーム剤やローション剤など、使用感が軽い製剤が存在する種類もあるため、医師に相談して、適切な製剤を選んでいただくと良いでしょう。
5. 特別な外用剤の使用法
5-1. 薬を擦り込んで使用するケース
外用薬は基本的に優しく塗布するのが原則ですが、一部の薬剤では擦り込んで使用することが推奨される場合があります。
例えば、インドメタシンなどの抗炎症剤や尿素配合剤、およびヘパリン類似物質(ヒルドイド®︎)のクリーム剤や軟膏剤の一部の剤型は、患部への浸透を促すために擦り込むよう指示されることが多いです。ただし、皮膚に湿疹などを起こしている場合には、過度に擦り込むと刺激となる可能性もあるため、使用部位の状態に応じて注意が必要です。使用方法については、医師や薬剤師の指導を受けることが推奨されます。また、添付文書や説明書には、「塗布」ではなく「塗擦(とさつ)」と記載されているため、表記にも注意するとよいでしょう。
5-2. 薬の塗り方が適応症ごとに異なるケース
外用薬は症状のある部位よりもやや広めに塗布するのが基本ですが、中には適応が異なるとその塗り方を変える必要がある薬もあります。
その一例としては、ベセルナクリーム®(イミキモド)があります。性感染症である尖圭コンジローマの場合は患部にのみピンポイントで塗布する必要があります。これは、正常な皮膚に使用すると、びらんや紅斑などの副作用が発生しやすくなるためです。
一方で、日光角化症の場合は、やや広めに塗るのが適切とされています。そのため、同じ薬であっても疾患によって適切な塗り方が異なることを理解し、正しく使用することが大切です。
5-3. 薬をまんべんなく塗布するケース
5-3-1. 保湿剤
予防的に使用する場合、薬をまんべんなく塗布し、塗り残しがないようにすることが重要なケースもあります。代表的な例として保湿剤が挙げられます。特に冬場などの乾燥時期では、一部の部位だけに塗布しても、他の部分がすぐに乾燥してしまうことがあります。
特にアトピー性皮膚炎の患者では、保湿剤による予防が基本中の基本とされており、適切な量を広範囲に均一に塗布することが推奨されます。正しい塗布方法を守ることで、乾燥や炎症の悪化を防ぎ、肌のバリア機能を維持することができます。
5-3-2. 水虫治療における外用薬
5-4. 薬剤の接触時間を最小限に抑えるケース
副作用を軽減しつつ治療効果を維持するために考案された方法が、ショートコンタクトセラピー(Short Contact Therapy:SCT)です。SCTとは、薬剤と皮膚の接触時間を短縮しながらも、従来の治療効果を得ることを目的とした治療法です。
5-4-1. コムクロ®︎シャンプー
コムクロ®シャンプーは、尋常性乾癬や頭部の難治性湿疹の治療に用いられる外用薬です。本剤には、ステロイドの中でも最も強力な成分(クロベタゾールプロピオン酸エステル) が含まれており、高い抗炎症作用を持つ一方で、毛包炎や皮膚萎縮などの副作用が懸念されます。
こうした副作用を最小限に抑えるため、通常のステロイド外用剤とは異なり、塗布後約15分で泡立てて洗い流すという使用法が推奨されています。これはSCTの一種であり、薬剤の効果を維持しながらも、皮膚への負担を軽減する工夫といえます。
5-4-2. ピーリング効果をもつニキビ治療薬
ピーリング作用を持つニキビ治療薬であるアダパレンや過酸化ベンゾイル(BPO)は、ニキビの発生を防ぐために、症状が現れそうな部位に広範囲に塗布して使用されます。しかし、これらの薬剤は角質を剥離しやすく、皮膚のバリア機能を低下させるため、刺激感や発赤などの副作用が生じやすいことが知られています。そこで、
通常、外用薬は十分に効果を発揮するために1〜2時間以上皮膚に留める必要がありますが、SCTでは5〜10分程度の短時間のみ塗布[1]し、その後洗い流します。これにより、アクネ菌に対する効果を維持しながら、副作用を最小限に抑えることが可能となります。特に、敏感肌の患者や、従来の塗布方法で刺激を強く感じる場合に有効な塗布法とされています。
ただし、ニキビ治療においてSCTを適用するのは、副作用のリスクが高い場合に限られます。 副作用がほとんどなく、薬剤の効果を最大限に引き出したい場合は、通常の塗布方法が推奨され、SCTは用いられません。
5-5. 薬剤を密封して覆うケース
より高い効果を得るために、外用薬を塗布した後、ラップなどのフィルムで覆う密封療法(Occlusive Dressing Technique: ODT)という方法があります。この方法は、皮膚に直接適用する場合だけでなく、薬剤の浸透が難しい爪にも用いられ、より浸透力を高めることができます。
しかし、密封することで薬剤の吸収が高まる一方で、特にステロイド外用薬では細菌感染などの局所的な副作用が生じるリスクがあるため注意が必要です。
6. さいごに
これまで述べてきたように、外用薬の使用方法には、基本的なものから例外的なものまで幅広い選択肢があります。また、同じ薬であっても、その時の皮膚の状態によって適切な使用方法が変わることもあります。
本記事では一般的なポイントを解説しましたが、すべてのケースに対応できるわけではありません。より適切な治療を行うためには、さらに詳細な情報や専門的な判断が必要になる場合があります。本記事はあくまで参考として、疑問が生じた際には、その都度医師や薬剤師などの専門家に相談することをおすすめします。
【参考資料・参考文献】
- 瀬川郁雄、瀬川忠吉.アダパレン、BPO製剤使用困難例に対する Short Contact Therapy(SCT)の試み.日本臨床皮膚科医会雑誌.2018;35(2):380. ↩︎
コメント