1. はじめに
1-1. 日本人と「がん(悪性腫瘍)」との関係
日本において、がん(悪性腫瘍)は長年にわたり死亡原因の第1位を占めています。厚生労働省が発表した「人口動態統計」2022年版によると、がんによる死亡者数は全体の約24.4%を占め、依然として深刻な健康問題であることが明らかです。
がんによる死亡者数の増加は、主に日本の高齢化社会に起因しており、年齢と共にがんの罹患率が高まるため、人口の高齢化が影響を与えていると考えられています。しかしながら、年齢調整死亡率(年齢の影響を排除した場合の死亡率)は減少傾向にあり、これは医療技術の進歩や早期発見の普及、治療法の改善が寄与していることを示しています。
1-2. がんリスク検査キットの登場背景
がんによる死亡率の高さが続く中、近年では、ドラッグストアやインターネットを通じて手軽に購入できる「がんリスク検査キット」が注目されています。これらの検査キットは、尿、唾液、血液などのサンプルを用いて、がんのリスクを簡便にチェックすることができるものです。例えば、大腸がんのリスクを調べるキットや、線虫の嗅覚を活用する検査キットなど、さまざまな種類の製品が登場しています。
自宅で簡単に検査を行える点が、忙しい現代人や健康意識の高い人々にとって魅力的な選択肢となっており、検査の敷居が低くなったことは大きなメリットです。しかし、これらのがんリスク検査キットは、従来の医療機関で行われるがん検診と比べて、精度や信頼性に関して議論の余地が残されています。特に、検査結果の正確性や早期発見能力については、科学的根拠に基づいた証明が求められています。
1-3. がんの早期発見の重要性
がんは早期に発見されるほど治療の成功率が高く、患者の生存率も大きく向上します。がんが進行する前のステージ1で発見されると、治癒の可能性が非常に高く、特に早期発見が鍵を握ります。
例えば、ステージ1の乳がんの場合、10年生存率は約90%以上とされていますが、ステージ4に進行してしまうと、治療が難しくなり、生存率も大きく低下します。ステージ1の大腸がんでは、5年生存率は約90〜95%以上とも言われており、早期に発見し治療を行うことが生存率に直結します。
早期発見のためには定期的ながん検診が重要ですが、忙しい生活を送っている方々にとっては、自宅でできる「がんリスク検査キット」が有効な手段となります。これらのキットは、自分の体の変化を早期に把握し、検査を受けるきっかけを作るために役立ちます。
2. がんリスク検査キットの概要
2-1. がんリスク検査キットとは
がんリスク検査キットは、自宅で簡単に検体(唾液、尿、血液など)を採取し、がんの発生リスクを評価するためのサービスです。近年、この分野の技術は進化しており、専門機関での検査と遜色ない精度を持つ製品も登場しています。検査キット自体の一部は、気軽にドラッグストアなどで購入できるようになりました。しかしながら、これらのキットはがんの直接的な診断を目的とするものではなく、リスク評価を通じた早期発見や予防意識の向上を目的としています。
2-2. 検査キットの種類
2-2-1. 自宅で検体を採取し、専門機関で分析するタイプ
(1) 尿を使用するキット
自宅で採取した尿を指定の検査機関に提出することにより、がんのリスクを評価する方法です。尿に含まれる特定の物質を検出することで、がんリスクを予測します。例えば、線虫の嗅覚を活用する「N-NOSE®」や、マイクロRNAの解析により「miSignalスキャン®」がんリスクを評価する方法を採用しています。
(2) 血液を使用するキット
自宅で採取した血液を指定の検査機関に提出し、がんリスクに関連するバイオマーカーを分析するキットです。血液中の特定のタンパク質や遺伝子マーカーを検出することにより、がんの兆候を評価します。代表的な製品には「DEMEKAL®︎」があります。
(3) 唾液を使用するキット
自宅で採取した唾液を検査機関に提出し、がん細胞の代謝物や特定の生体成分を検出することでがんリスクを評価するキットです。唾液は非侵襲的な方法で収集できるため、手軽に利用できる利点があります。代表的な製品に「サリバチェッカー®︎」があります。
2-2-2. 自宅で検体採取から結果確認まで完結するタイプ
2025年1月現在、国内でこのタイプのがんリスク検査キットとして「SUGUME®」が提供されています。このキットは、各製品が特定のがん種(例:大腸がん、乳がんなど)に対応しており、採取する検体(尿、血液、唾液など)が異なります。自宅で検体採取から結果確認まで完結でき、その場で比較的早く結果を得られる手軽さが特徴です。
3. がんリスク検査キット全般の注意事項
3-1. 【重要】検査結果は診断ではない
がん検査キットを利用する際に、まず理解しておくべき重要な点は、これらのキットは「診断」ではなく「スクリーニング」のためのツールであることです。スクリーニングとは、症状が現れる以前のがんの可能性やリスクを早期に察知するための検査であり、確定診断ではありません。がん検査キットの結果が「陽性」と示された場合でも、それが必ずしもがんであるとは限りません。同様に、「陰性」の結果が必ずしもがんのリスクがゼロであることを意味するわけでもありません。
どのようながん検査キットであっても、この基本的な性質は変わりません。この限界を理解した上で、検査結果を過信せず、必要に応じて医療機関での精密検査を受けることが、早期発見と適切な治療への第一歩となります。
3-2. 医療費控除の対象にならない
検査キットの購入には、決して少ない額の費用がかかります。そこで、年間の医療費が一定額を超えた場合、確定申告をすることで所得控除を受けられる医療費控除を利用したいところです。しかしながら、2025年1月現在、がんリスク検査キットは医療費控除の対象にはなりません。その理由は、医療費控除の対象となる基準が「その治療や療養に必要であることが明らかであること」とされているためです。がんリスク検査キットは確定診断を目的とするものではなく、あくまで「スクリーニング」を目的としているため、医療行為としては認められていないからです。
ただし、医療費控除の対象にならないとはいえ、がんの早期発見を可能にすることは、結果的に治療の選択肢を広げ、最終的な医療費を抑える可能性が高いと考えられます。特に早期段階でのがん発見は、治療費や身体的負担を大幅に軽減することができるため、がんリスク検査キットは健康維持や予防の観点から非常に有用なツールといえます。
4. 市販されているがんリスク検査キットの特徴と比較
4-1. SalivaChecker®︎(サリバチェッカー)
【特徴】サリバチェッカー®は、唾液を1回採取するだけで、超高感度質量分析装置を用いて唾液中のがん代謝物を測定し、唾液採取時点でのがんリスクを評価できる検査キットです。測定対象のがんは、悪性腫瘍による主要な死因の中で上位に位置する部位を幅広く網羅しており、簡便かつ非侵襲的な方法でリスクチェックが可能です。
サリバチェッカーは、一度のみのだ液採取により、超高感度質量分析装置を用いてだ液中のがん代謝物を測定することにより、だ液採取時点におけるがんリスク判定することができます。測定可能ながんは、悪性腫瘍による死因の中で、ほぼ上位5位に入る部位を網羅しています。
【検査対象】大腸がん、乳がん(女性のみ)、肺がん、膵がん、口腔がん、胃がん
【価格】26,400円(税込)
【結果までの期間】およそ3週間
【注意事項】
- 検査2日前より豆類、ナッツ類、しじみを原料としたサプリメントや健康食品の摂取不可。また、豆を主原料とした食品、アーモンドなどのナッツ類、しじみの過剰摂取をなるべく控える必要があります。
- 検査前日の夜9時以降は、水以外の飲食および薬の服用を控えなくてはいけません。
- 検査当日は、午前中に唾液の採取を行い、水以外の飲食を控えます。
- 唾液採取1時間前は、激しい運動、喫煙、歯みがき等口内の清掃も控えなくてはいけません。
- 摂取した唾液は完全に冷凍し、冷凍便で郵送する必要があります。
4-2. DEMECAL®︎(デメカル)
【特徴】デメカルは郵送型の血液検査キットで、指先からごく少量の血液を採取することで、がんリスクを評価できます。採取した血液は、コンビニや郵便局から簡単に郵送可能です。信頼性の面では、管理医療機器認証を取得しており、医療機関と同等の検査精度を提供することを謳っています。また、専用の採血システムにより、非医療従事者でも安全かつ簡単に使用できる設計となっています。
【検査対象】
- がんリスクチェッカー男性向け
大腸がん、食道がん、前立腺がん - がんリスクチェッカー女性向け
大腸がん、食道がん、乳がん - 胃がん(ピロリ菌検査、胃がんリスク層別化検査)
→ 専用の「ピロリ菌検査」または「胃がんリスク層別化検査」キットで対応 - その他、感染症や生活習慣病など
→B型C型肝炎セルフチェック用キット、生活習慣病セルフチェック用キットなどで対応
【価格】
- がんリスクチェッカー男性向け:13,200円(税込)
- がんリスクチェッカー女性向け:13,200円(税込)
- ピロリ菌検査(胃がんリスクチェック):7,700円(税込)
- 胃がんリスク層別化検査(ABC分類):10,450円(税込)
【結果までの期間】約7〜10日後
【注意事項】
- 血液採取は簡単ですが、採取後に血液を封入する作業が必要で、手順がやや煩雑です。公式HPには手順を解説した動画が掲載されており、これを参考に行えばスムーズに対応できます。
4-3. miSignal®︎(マイシグナル)
【特徴】マイシグナルは、尿中のマイクロRNAを解析する郵送型がん検査キットです。特に、早期発見が難しいとされる膵臓がんの検出に優れており、検査感度が92.9%という高い精度を誇ります。また、この検査では、がん死亡率の約7割[1]を占める部位のリスクを一度に調べ、各がん種ごとのリスク検査が可能です。
マイシグナルのサービスには、現在のがんリスクを検査する「マイシグナル・スキャン」と遺伝子検査を通じて将来のがんリスクを予測検査する「マイシグナル・ナビ」があり、これにより、短期的および長期的な視点で健康管理が行えます。
【検査対象】食道がん、乳がん(女性のみ)、大腸がん、卵巣がん(女性のみ)、肺がん、胃がん、膵臓がん
【価格】
- マイシグナル・スキャン:69,300円(税込)
- マイシグナル・ナビ:28,600円(税込)
- マイシグナル®︎がん対策セット:97,900円(税込)
【結果までの期間】およそ1ヶ月から1ヶ月半ほど
【注意事項】
- マイシグナルは公式ウェブサイトまたは一部の医療機関でのみ購入可能です。Amazonやドラッグストアなどの一般的な販売チャネルでは購入できません。
4-4. N-NOSE®︎(エヌノーズ)
【特徴】N-NOSE®︎は、線虫という微小な生物ががん特有のにおいを嗅ぎ分ける能力を利用した、画期的な尿検査型がんスクリーニング検査キットです。線虫が尿中のにおい成分に反応する習性を活用しており、複数の種類のがんリスクを一度の検査でスクリーニングすることができます。がんの部位特定はできませんが、超早期のがんリスク検知が期待されています。また、検査の手軽さと費用の低さが特徴です。
【検査対象】胃がん、大腸がん、膵がん、肺がん、乳がん(女性のみ)他、白血病などの血液がんなどを含む幅広い計23ものがん種。
【価格】16,500円(税込)
【結果までの期間】4週間程度(状況によっては6週間程度)
【注意事項】
- 全身のがんリスクをほぼ網羅していますが、どの部位にリスクがあるかは判定できないため、異常が出た場合には追加の検査が必要です。
- 尿を採取し、冷蔵状態で郵送する必要があります。
4-5. SUGUME®︎(スグミー)
【特徴】SUGUME®︎は、国内唯一の自宅で検体採取から結果確認まで完結できる検査キットです。がんの部位ごとに専用キットが用意されており、大腸がん、乳がん(女性のみ)などに対応しています。検体(便、尿、唾液など)は自宅で採取し、その日のうちに結果を確認することが可能であるため、迅速かつ手軽にがんリスクをチェックできます。また、がん以外でも、肝硬変やHIVなどの感染症リスクの検査も受けることができます。
【検査対象】
- がんリスク検査シリーズ
大腸がん、膵臓がん、子宮頸がん(女性のみ)、乳がん(女性のみ)、前立腺がん(男性のみ)、胃がん、肝臓がん - 肝硬変リスク検査シリーズ
B型肝炎、C型肝炎および - 感染症リスク検査シリーズ
梅毒、HIV、淋病&クラミジア、トリコモナス
【価格】
- がんリスク検査シリーズ:各4,980円(税込)
- 肝硬変リスク検査シリーズ:各3,980円(税込)
- 感染症リスク検査シリーズ:各3,980円(税込)
【結果までの期間】5〜15分程度
【注意事項】
- 各検査キットは1種類の検査対象にのみ対応しているため、複数のリスクを調べる場合は複数キットの購入が必要です。
- 複数検査を希望する場合、総額が他の一括型検査キットを上回る可能性があります。
- 検査キットごとに検体の種類や採取手順が異なるため、説明書をよく確認する必要があります。
5. がんリスク検査キットの選び方
5-1. ピンポイントで特定のがんリスクを調べたい場合
おすすめキット:DEMECAL®︎、SUGUME®︎
特定のがんリスクを調べるための専用キットが用意されています。検査対象が明確な場合、例えば「大腸がんだけを調べたい」といったニーズに最適であり、費用を抑えて済ませることが可能です。特に、SUGUME®︎は自宅で結果までを知ることができ、単体であれば最も安価で結果が分かります。
5-2. がんリスク全体を広く網羅的に調べたい場合
おすすめキット:N-NOSE®︎
わずかな尿量で複数種類のがんリスクを包括的にスクリーニングできる画期的な検査です。費用も比較的安価で、がん全体のリスクを手軽に把握したい方に最適です。
5-3. 特に注意が必要ながんのリスクを調べたい場合
おすすめキット:miSignal®︎、SalivaChecker®︎
日本人のがん死亡率で上位に位置する膵臓がん、大腸がん、胃がん、肺がんなどを網羅して検査を受けることができます。特に早期発見が難しいとされているすい臓がんが気になる方は、特に感度が高いmiSignalが推奨されます。
6. さいごに
一部の検査キットでは、陽性の結果が出た場合に医療機関への相談をサポートする仕組みが整っています。例えば、専用の窓口や医師の紹介などの手厚いサポートを受けられることもあります。結果が陽性であれば、速やかに医療機関を受診し、さらなる精密検査を受けることが大切です。
がんリスク検査キットは、手軽に自身の健康状態をチェックする有用な手段です。ただし、目的や状況に応じて適切なキットを選ぶことが重要です。本記事を参考に、自分に合った検査キットを選び、早期発見や健康維持に役立ててください。
【参考資料・参考文献】
- 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計)、ただし造血器腫瘍を除く ↩︎
コメント