1. ステロイドとは何なのか?
ステロイドは別名副腎皮質ホルモンと言い、実は体内の副腎皮質という部位で作られるホルモンの一種なのです。これらは体内の炎症を抑えたり、免疫を抑制したりする作用があり、これを薬として応用しています。つまり、ステロイド剤は身体の自然な機能を模倣したものであり、炎症や免疫反応をコントロールするために使われます。
2. ステロイドはなぜ怖がられるようになったのか?
医薬品としてあるものが、医師の指示のもとに正しく処方されるものであれば、その使用を拒否するなんて基本はありません。薬嫌いの方が、余分な薬は飲みたくないというのはあるかもしれません。ただし、長く薬剤師を続けてきた中で、この薬だけは絶対嫌だ、と患者さんが言ってくる薬はステロイド剤以外に記憶にありません。なぜこのような背景が生まれてしまったのでしょうか?
いろいろ調べてみたところ、1990年に前半にステロイド外用薬の副作用についてのテレビ報道番組が放映されたのが主な原因の一つのようです。テレビの影響力は凄まじく、この中でステロイド剤の治療は最終手段であり、できる限り使用は避けてとの意見が瞬く間に広まりました。そこからそれではいけないと、日本皮膚科学会がステロイド剤の有用性を訴えることとなり、その話題が鎮火するようになったとのことです。
また、現在もいまだステロイド外用薬は怖いと思われており、実際の患者さんやネット上の声をまとめると以下のような意見が多いように感じます。
- みんなが怖いと言っているから
- 一度使うとやめられなくなったり、リバウンドを起こすから
- 長く使うと効かなくなり、もっと怖い飲み薬に頼らないといけなくなるから
- 皮膚が黒くなったり、皮膚が薄くなったりして他の弊害も起こすから
3. ステロイド剤の副作用とその誤解
まず始めに重要なこととして、ステロイド剤の副作用は内服薬と外用薬では全く異なるということです。このことが、ステロイド外用薬が恐れられている原因の一つでもあると思われます。
3-1. ステロイド内服薬の副作用
ステロイド内服薬では、内分泌系や代謝系、感染症リスクなど、比較的全身性の副作用が多く見られます。このような副作用が、「ステロイドが怖い」と思われる理由の一つかもしれません。以下に、具体的な副作用と関連する疾患を紹介します。
- 内分泌系: 高血圧、脂質異常症(高コレステロール)、糖尿病
ステロイド内服薬は体内のホルモンバランスに影響を与えるため、これらの疾患を引き起こすことがあります。特に長期使用による高血圧や糖尿病の発症リスクは注意が必要です。 - 代謝系: 骨粗鬆症
ステロイド内服薬はカルシウムの代謝に影響を与え、骨密度を低下させることがあります。これにより、骨粗鬆症のリスクが増加し、骨折の可能性が高まります。 - 易感染性: 感染症にかかりやすくなる
ステロイドは免疫抑制作用を持つため、体が感染症に対する抵抗力を失い、さまざまな感染症にかかりやすくなります。 - 眼科系: 白内障、緑内障(高眼圧)
長期間のステロイド内服は眼の健康にも影響を与えることがあります。白内障や緑内障のリスクが増加し、視力に影響を及ぼす可能性があります。 - その他: 血栓症、ムーンフェイス
ステロイド内服薬は血液の凝固を促進し、血栓症のリスクを高めます。また、ムーンフェイスと呼ばれる顔のむくみも典型的な副作用の一つです。これは、ステロイドによる脂肪の分布が変わることで生じます。
3-2. ステロイド外用薬の副作用
以下の通りいずれも局所的なもので、全身性のものはありません。強いて言えば、目の副作用が怖いとも言えますが、目の中にさえ入らなければ良いので、内服の時とは異なり目の周囲の塗布さえ注意すれば不安度は大幅に下げることができます。
- 皮膚感染症: 細菌、真菌、ウイルスへの皮膚感染
- ステロイド痤瘡: ニキビ
- ステロイド紅潮: 顔面酒皶
- 眼科系: 白内障、緑内障
- その他: 皮膚萎縮、多毛
3-3. よく誤解される副作用や事象
- 色素沈着(皮膚の黒ずみ)
ステロイド外用薬の副作用として「色素沈着」を心配される方が多いですが、実際にはステロイド剤自体が原因で起こるものではありません。多くの場合、色素沈着は皮膚に炎症が発生した後、その炎症が治まった際に残る痕です。
ステロイド外用薬がよく使用されるのは、皮膚炎を早く治すためであり、この過程で色素沈着が見られることがあるため、誤解されやすくなっています。しかし、皮膚炎が自然に治癒した場合や、他の治療法を用いた場合でも、同じように色素沈着になる可能性があります。むしろ、皮膚炎が悪化してから治療を始めると、痕がより目立ちやすくなることもあるため、ステロイド外用薬を用いできる限り早く治療をした方が良いのです。 - 骨粗鬆症(骨が脆くなる)、ムーンフェイス(顔が丸くなる)
これらの副作用は、主にステロイド内服薬に関連するものです。ステロイド外用薬では、適切に使用される限り、これらの全身的な副作用が生じることはほとんどありません。外用薬の副作用は主に使用した部位に限られ、全身に広がることは非常に稀です。 - 続けると効きづらくなる、効かなくなる
一部の人々の間で、ステロイド外用薬を長期間使用すると効果が薄れ、より強力な薬が必要になると誤解されることがいまだあります。しかし、適切に使用されている限り、このような問題はほとんどありません。
ステロイド外用薬の効果が低下するというのは、むしろ不適切な使用や過剰な使用が原因となることがあります。例えば、必要以上に強い薬を使用したり、推奨される使用期間を超えて長期間使用した場合、皮膚がステロイドに対する反応を変えることがあります。しかし、使用者が医師や薬剤師の指導をしっかりと受け、適切に使用する限り、薬の効果が薄れる心配はほとんどありません。
4. アトピー性皮膚炎に対するステロイド外用薬の必要性
まず、アトピー性皮膚炎の治療において、私たちはどのような目標を設定すべきかを考えてみましょう。究極の目標は、もちろん根治であると考えられます。しかし、現代の医療技術ではアトピー性皮膚炎の根本的な治療は難しく、対症療法が中心となっています。そのため、最適な目標は「継続的にかゆみなどの自覚症状がないか、軽微な状態であり、日常生活にほとんど影響を及ぼさず、薬の使用も最低限に抑えること」と言えるでしょう。
この目標を達成するための有力な方法の一つが、ステロイド外用薬の適切な使用です。確かに、生活習慣を徹底的に改善すれば、症状をコントロールできる場合もあります。しかし、例えば体に悪い食物を一切摂らず、ストレスを溜めず、早寝早起きを厳守するような生活を長期にわたって維持するのは、ほとんどの人にとって非常に困難です。特に、中程度以上のアトピー性皮膚炎の方にとっては、ステロイド治療が最も現実的であり、かつ効果的な選択肢だと言えるでしょう。最新のアトピー性皮膚炎治療ガイドラインにおいても、最も推奨されている治療法の一つになっています。
それでは、ステロイド外用薬の正しい使用法について学んでいきましょう。
5. ステロイド外用薬の強さランク
ステロイド外用薬は、その強さのランクは以下の5つに分かれています。強ランクのⅠ・Ⅱ群の薬は処方せんが必要であり、ドラッグストアや通販サイトなどで手に入る市販薬は、Ⅲ群以下のみの強さのものになります。
ランク | 代表薬: 医薬品名(成分名) | 使用上の注意事項 |
---|---|---|
Ⅰ群: 最も強い (ストロンゲスト) | デルモベート(クロベタゾール) ダイアコート(ジフロラゾン) | Ⅱ群を使用しても十分な効果が得られない場合、その部位限定的に使用 |
Ⅱ群: 非常に強い (ベリーストリング) | アンテベート(酪酸プロピオン酸ベタメタゾン) マイザー(ジフルプレドナート) ネリゾナ(吉草酸ジフルコルトロン) | かなり進行している皮膚炎、苔癬化、丘疹、多数の掻き痕などの難治性の重症に対して用いる |
Ⅲ群: 強い (ストロング) | リンデロンV(吉草酸ベタメタゾン) ボアラ(吉草酸デキサメタゾン) エクラー(プロピオン酸デプロドン) | 中等度までの皮膚炎、紅斑、少数の丘疹や掻き痕などの病変に対して使用 |
Ⅳ群: 普通 (ミディアム・マイルド) | キンダベート(プロピオン酸デプロドン) ロコイド(酪酸ヒドロコルチゾン) | 乾燥や軽微な紅斑、鱗屑を主体とした軽症病変に対して使用。 皮膚の薄い部位にも比較的安全に用いられる |
Ⅴ群: 弱い (ウィーク) | プレドニン眼軟膏(プレドニゾロン酢酸エステル) | 軽症以下で皮膚吸収率が高い部位の病変に対しても用いることができる。 |
※頻繁に処方される「リンデロンVG」は、Ⅲ群の「リンデロンV」に抗生物質であるゲンタマイシン軟膏を混合した外用薬になります。名前にも示されているように、ゲンタマイシンの頭文字である「G」を加えたものです。
一方、同じ「リンデロン」という名前でも、「リンデロンDP」はⅡ群に分類され、リンデロンVやリンデロンVGよりも1ランク強いことに留意する必要があります。
6. ステロイド外用薬の部位ごとの吸収率
ステロイドなどの外用薬は使用部位によって吸収率が異なります。皮膚が薄い部位ほど薬の吸収率が高くなる傾向があります。そのため、同じ症状でも使用するステロイドの強さを調整する必要があります。以下は、上腕を基準とした体と部位による吸収率の図です。
この図を見ると、部位によって吸収率が大きく異なり、最大で何十倍もの差があることが分かります。
一般的に、皮膚吸収率を考慮して、体の大部分にはⅢ群の薬、皮膚が厚い部位にはⅡ群の薬を、頭皮にはⅢ群の薬を、顔や首にはⅣ群の薬を第一選択として使用します。効果が不十分な場合には、1週間を限度として一段階強い薬を試すこともあります。また、乳幼児の場合は皮膚が薄いため、主にⅢ〜Ⅳ群の薬を使用することが適切です。
7. ステロイド外用薬を中止するタイミング
一般的に、かぶれや虫刺されなど短期間の使用であれば、症状が完治した後にステロイド外用薬の使用を中止しても問題は起きません。ステロイド外用薬は副作用が比較的少ないですが、必要以上に長期間使用することは逆に問題を引き起こす可能性があります。しかし、長期間使用した後に状態が良くなったからといって、突然使用を中止すると症状が再発するリスクがあるため注意が必要です。
特に、成人が顔面や陰部などの皮膚が薄い部位にステロイド外用薬を長期間使用していた場合、急に中止すると赤みが出たり、症状が悪化することが知られています。これを避けるためには、皮膚の状態を維持しながら、徐々に使用量を減らしたり、ステロイドの強さを段階的に下げることが重要です。また、中止後に症状が再発しやすい場合には、プロアクティブ療法が推奨されます。
プロアクティブ療法は、再発する湿疹やアトピー性皮膚炎などの症状を管理するための治療法の一つです。この療法では、急性期に強いステロイド外用薬で症状をしっかり抑えた後、保湿剤を使用したスキンケアを継続しつつ、ステロイド外用薬や非ステロイドのアトピー性皮膚炎治療薬(例: タクロリムス軟膏、コレクチム軟膏など)を週に1〜2回間欠的に使用して、皮膚の健康を維持します。
アトピー性皮膚炎では、見た目には正常に見える皮膚の内部に炎症が残っていることがあり、このため炎症が繰り返し起こりやすくなります。プロアクティブ療法は、この潜在的な炎症を予防し、ステロイド外用薬などの使用頻度を減らしても炎症を管理することを目指しています。ただし、この療法は適切に行わないと効果が十分に得られず、ステロイド外用薬への依存が続くリスクがあります。したがって、プロアクティブ療法は必ず皮膚科医の指導のもとで正しく実施することが重要です。
8. ステロイド外用薬を使用しない方が良い場合
ステロイドは広範囲にわたる皮膚疾患の治療に効果的な外用薬ですが、全ての場合において安全に使用できるわけではありません。特に、細菌、真菌、ウイルスによる感染が疑われる皮膚病では、ステロイド外用薬の使用は避けるべきです。なぜなら、ステロイドは免疫を抑制するため、これらの感染を悪化させる可能性があるからです。以下、具体的な例を挙げてみます。
- 口唇ヘルペス、帯状疱疹 ※重症例には内服薬としては用いることあり
- 白癬(足の水虫、いんきん、たむし)
- 尋常性疣贅(イボ)、伝染性軟属腫(水イボ)
- 伝染性膿痂疹(とびひ)
皮膚科の門前薬局で長期勤務していた経験から、伝染性膿痂疹(とびひ)によるステロイド使用による悪化が最も多いと感じました。皮膚科以外でステロイドが処方され、患者がその効果を知らずに使い続けるケースがあります。特に乳幼児の場合、暑い季節にとびひが多く見られるため、保護者は疑わしい症状が出た際には専門の皮膚科を受診することが重要でしょう。
9. まとめ
- ステロイドはそもそも体内で作られている副腎皮質ホルモンの一種である
- ステロイドに対する怖いイメージは、1990年代のテレビ番組やメディアの報道により広まった
- 外用薬の副作用は、発赤や多毛など局所的なもので、全身性の副作用は極めて稀である
- アトピー性皮膚炎のガイドラインでは、ステロイドは最も推奨されているものの一つとなっている(推奨度1、エビデンスレベルA)
- 強さは5段階に分かれ、症状と部位(皮膚の厚さ)によって変えて使用する
- 細菌、真菌、ウイルス性の皮膚疾患には、基本的にステロイド外用薬は使用不可である
- 長期使用後の急激な中止は再燃の可能性があるため、漸減療法やプロアクティブ療法を行う
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