1. はじめに
2024年2月22日より日本国内で保険診療が可能となった「肥満治療薬」であるウゴービも、薬価収載日(2023年11月22日)から1年経過したため、2024年12月1日より投与期間制限1が解除となります。
これで2週間分(2本分)しか処方ができなかったものが、事実上医師の責任のもと長期処方できるようになり、患者側としては利便性がだいぶ増すかと思われます。
しかし、保険診療が始まって以来半年以上経ってはいますが、それほど使用患者数は増えていない様に感じます。それは一体何に起因するのでしょうか?
2. 日本国内における肥満率の推移
2-1. 肥満率の推移
こちらは厚生労働省が公開している20歳以上の肥満者(BMIが25以上)の割合を示したグラフです。
近年、肥満は生活習慣病や心血管疾患など多くの健康問題のリスクファクターとして注目されています。特に、日本では高齢化が進む中で医療費の増大が懸念されており、肥満の予防や改善は医療費削減の観点からも非常に重要な課題です。政府は成人男性の肥満率を28%以下、女性を19%以下に抑える目標を掲げていますが、現状ではその目標に到達していません。
2-2. 意外な肥満率の現状
一見すると、近年の健康志向の高まりに伴い、食事管理や運動を意識する人が増えているように感じられますが、上記通り実際の統計データでは肥満者の割合はほぼ横ばいを維持しています。特に男性では平成後期以降の増加傾向が顕著で、2018年には32%を超え、2022年時点でも31.7%に達しています。この数字は、今後の肥満対策に対する社会的な取り組みの強化が求められることを示唆しています。
3. ウゴービとはどんなお薬?
ウゴービの有効成分である「セマグルチド」は、元々は2型糖尿病治療薬として開発されたものであり、「GLP-1受容体作動薬」に分類されている薬です。この薬剤は、主には血糖値の調節する作用として知られており、国内では、すでに「リベルサス錠」(経口剤)や「オゼンピック注」(注射剤)として糖尿病治療に広く使用されています。
そして、従来のGLP-1受容体作動薬は肥満治療を目的とした保険適応はありません。一部の医療機関では自由診療としてダイエット治療に用いられているケースがあり、その効果に対する評価もありますが、これには個々の医療機関の判断が関与しています。
一方、ウゴービは肥満治療を目的として開発・承認された薬剤です。国内外での臨床試験を通じて、体重減少効果が正式に認められており、肥満患者に対して使用が推奨されています。
4. ウゴービの減量メカニズム
- ①食欲の抑制
ウゴービは脳の視床下部に作用し、食欲を抑えるホルモン(例:CRH2やオキシトシン)の分泌を促進します。この作用により、空腹感を抑え、食事量を自然に減少させることが可能です。 - ②満腹感の持続
ウゴービは、胃内容物の排出を遅らせる作用を持っています。この結果、食後の満腹感が長時間持続し、間食や過剰摂取を防ぐことができます。 - ③報酬系の抑制
メカニズムから考えると、ウゴービが脂っこい食べ物や甘い食べ物への嗜好を抑える可能性が示唆されています。これにより、いわゆる「高カロリー食品への誘惑」に対する抵抗力が高まり、ダイエットの継続が容易になります。
ウゴービの減量メカニズムとして、上記通りに主な作用としては、直接または間接的に食欲を減らしたり、満腹感を維持することで摂取カロリーを「自発的に」減らすことにあります。これにより、ダイエットの最大の敵とも言える、「空腹感」を抑えて減量することができるのです。
5. ウゴービの処方条件
5-1. 保険診療を受ける場合
ウゴービは薬価が高額なため、保険適用を希望する方も多いでしょう。しかし現状では、ウゴービの保険適用は「肥満症」に限定され、特定の条件を満たした場合のみ認められています。そのため、美容目的のダイエットでは保険適用を受けることはできません。
保険適用の条件は以下の通りです
高血圧、脂質異常症、または2型糖尿病のいずれかを有し、食事制限や運動療法を行なっているにもかかわらず、以下条件①か②どちらかに該当する場合。
具体的には、平均に近い成人男女の身長で示すと以下の通りになります。
(1)170cmの成人男性の場合
条件①:体重72kg以上かつ糖尿病や高血圧などを有する場合
条件②:体重86.7kg以上
(2)160cmの成人女性の場合
条件①:体重64kg以上かつ糖尿病や高血圧などを有する場合
条件②:体重76.8kg以上
このように、肥満症としての適応は医学的に厳格な基準が設けられており、単なる体重の問題ではなく、健康障害との関連が重視されています。
5-2. 自由診療を受ける場合
保険適用外で自由診療としてウゴービを受ける場合は、禁忌に該当しない限り、医師の判断で処方を受けることが可能です。ただし、自由診療ではさらにウゴービを取り扱う医療機関は非常に限られているのが現状です。
また、ウゴービを処方する医師や医療機関には厳しい要件が課せられており、その一部を挙げます。
- ・日本糖尿病学会、日本内分泌学会、日本循環器学会の教育研修施設であること
- ・各学会のいずれかにより教育研修施設として認定された施設であること
- ・専門資格を持つ医師が常勤していること
さらに細かい要件もあるようで、これらの条件を満たす医療機関は、主に大学病院や大規模な基幹病院などに限られます。さらに自由診療での処方に対応している医療機関は非常に少なく、ネット上でも情報が十分に得られない状況です。
6. ウゴービの体重減少効果
ウゴービの製造会社が発表している資料(インタビューフォーム)より、主に日本人が対象となっている臨床試験結果を挙げたいと思います。
・対象者:ウゴービの適応(BMI30以上または、BMI25以上かつ健康障害を2つ以上有している)に該当する患者。体重に関してはおおよそ80〜90kg前後の方が対象になっている様です。
・試験方法:食事療法と運動療法を専門医のもとで行い、通常用法用量(1.7mgもしくは2.4mgを週1回皮下注投与)によりプラセボ群と比較した試験法
・試験期間:ウゴービ投与開始から投与68週までの期間
ウゴービ投与量5 | 1.7mg投与群 | 2.4mg投与群 | プラセボ群 |
---|---|---|---|
5%体重減少達成した割合 | 72.4 | 82.9 | 21.0 |
10%体重減少達成した割合 | 41.8 | 60.6 | 5.0 |
15%体重減少達成した割合 | 24.5 | 40.9 | 3.0 |
上記の様に、日本人を対象とした有効性試験では、ウゴービ投与群が圧倒的な体重減少効果を示しました。特に通常投与量である2.4mgでは、68週後に約83%の人が5%以上の減量を達成し、そのうち約41%が15%以上の減量を実現しています。この結果は、従来の治療では得られない水準の減量効果を示しており、生活習慣病の改善や予防に大きな期待が持てるデータです。
7. 保険適用時の患者負担
ウゴービは、副作用を軽減させたり、体への順応性の観点から、少量から開始し5つの段階を経て最終的に有効治療用量の2.4mgを維持することになります。よって、副作用などの何らかの異常がない限りは、以下の様な経過で治療を進めていきます。
具体的には週に1回の注射を、0.25mgから開始し、その後4週間ごとに0.5mg→1.0mg→1.7mg→2.4mgの順に徐々に用量を増やしていき、最終的に2.4mgを継続して維持していくことになります。1ヶ月分のおおよその負担は、通常使用が週1回であるため、1本の薬価×4回分で計算ができます。
以下は医療機関での窓口負担が3割のケースを記していきます。
ウゴービ用量 | 薬価(円) | 3割負担(円) | 1ヶ月負担(円) |
---|---|---|---|
0.25mg | 1,876 | 563 | 2,501 |
0.5mg | 3,201 | 960 | 4,268 |
1.0mg | 5,912 | 1,774 | 7,094 |
1.7mg | 7,903 | 2,371 | 9,484 |
2.4mg | 10,740 | 3,222 | 12,888 |
上記の目安は、あくまで薬のみの負担分であるため、本来は病院で診察料など、薬局では薬剤調整料他も上乗せされるため、さらにかかることになります。
自由診療においては、保険適用がされないために、薬自体も薬価10割の負担がかかります。維持量の2.4mgであれば、4万円前後はかかってしまうかもしれません。
8. ウゴービによる副作用
8-1. 重大な副作用
- ①低血糖症状
有効成分であるセマグルチドは、元々2型糖尿病治療薬として使用されていたため、血糖降下作用が認められます。ただし、GLP-1受容体作動薬は、血糖値が高い状態でのみインスリン分泌を促進する仕組みがあるため、通常の使用では単独で低血糖を引き起こしにくいとされています。しかし、他の血糖降下薬(インスリン製剤など)を併用している場合には、低血糖のリスクが増加するため注意しなくてはいけません。
低血糖の症状としては、脱力感、倦怠感、冷や汗、動悸などが挙げられます。このような症状が出た場合に備え、(ノンカロリーを除く)糖分をすぐに補給できる様にする必要があります。 - ②急性膵炎
嘔吐を伴った一定時間継続した激しい腹痛のような、膵炎を疑われる症状が急激に現れた場合は直ちに使用を中止します。また、膵炎の診断が出された場合は、しばらく本剤の使用は控えなくてはいけません。そこまで発生頻度の高い副作用ではありませんが、上記の様な症状があればすぐに医療機関に受診しましょう。
8-2. その他の副作用
重大な副作用以外で、頻度の比較的高い副作用を挙げていきます。
- ①食欲減退
ウゴービの減量効果のメカニズムとして、食欲抑制があるため当然考えられる副作用です。これはメリットの裏返しの部分と言えるものです。 - ②消化器症状
発現率が高い方から、悪心、嘔吐、便秘、下痢、消化不良と続きます。特に維持用量の2.4mgであると、結構な率で消化器症状の副作用が現れるため、あまり気になるようであれば、医師に相談するした方が良いと思われます。 - ③頭痛
添付文書上であると、5%以上の欄に頭痛が記載されており、これは同成分剤のオゼンピック注よりも高確率である様です。
9. ウゴービの現状と今後の見解
9-1. ウゴービの現状
現在私は一時現場から離れているため、生の状態はなかなかつかめませんが、ネット上を見る限りであると、まだまだ処方されている方は相当少数であると思われます。
そもそも、前述の通り処方できる医療機関ですら相当限られてくるために、なかなか一般に行き渡ると言う実情は考えずらいでしょう。
9-2. ウゴービの今後と私見
厚生労働省としては、安易なダイエット目的での濫用などを控える様に、処方できる病院に厳しい要件を課したり、適応症にも一定以上の基準を設けているのだと思われます。
ここで私見を述べさせてもらうと、安易な使用は絶対控えるべきであることを前提に、もっと一般的に行き渡るべきであると考えています。その理由としては、そもそも肥満症というのは当然ただ脂肪がつき過ぎてしまう疾病というわけではないからです。
肥満が引き起こすと言われている健康障害は多々あると言われており、種々の生活習慣病、脳血管疾患、心血管疾患など生命に関わるリスクにも関係してきます。さらにその生活習慣病である糖尿病から、合併症を引き起こし腎症へ、果てには透析になる可能性まであります。その様に考えると、医療費の観点からしても、それらを早めに食い止めることがとても重要であり、実際に肥満症のある方の心疾患を引き下げているというデータもあるように、今後を俯瞰して考える必要があると思います。
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