1. はじめに:過敏性腸症候群(IBS)とは
「お腹の調子が悪い」「トイレに行く回数が多い」「下痢や便秘を繰り返す」——こんな症状が続いていませんか? それ、過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome:以下IBS)かもしれません。
日本でも比較的少なくない消化器系の疾患である一方、意外と知られていない病気です。「単なる体質の問題」「ストレスのせい」と片付けられがちですが、IBSは適切な対策を取れば症状を和らげることができる疾患です。
この記事では、IBSの原因・最新の治療法・セルフケアの方法まで詳しく解説します。お腹の不調に悩んでいる方は、ぜひ最後まで読んでみてください!
2. IBSの基本知識
2-1. IBSの概要
IBSは機能性消化管障害(FGIDs)の一種であり、検査では明確な異常が見つからないにもかかわらず、腸の動きや働きに異常をきたす疾患です。
特に20〜40代の若年〜中年層に多く、日本人の約10〜15%が発症するといわれています。加齢とともに発症率は低下する傾向があり、この傾向は世界的にも共通しています。有病率は1980年代から大きな変動はなく、一定の割合を維持しています。性別でみると、女性の方がやや多く、国内では男性の約1.2倍の頻度で発症すると報告されています。
IBSはがんや炎症性腸疾患のように生命を脅かす病気ではありません。しかし、慢性的な腹痛や便通異常が続くことで、学業や仕事の他日常生活に大きな支障をきたし、生活の質(QOL)を著しく低下させることがあります。また、ストレスや生活習慣の影響を受けやすく、適切な対処を行うことで症状のコントロールが可能なケースもあります。ールできる場合があります。
2-2. IBSの分類と症状
便の形状や便秘、下痢の頻度などから以下の4つのタイプに分類されます。
タイプ | 症状と特徴 |
---|---|
IBS-D(下痢型) | 突然の強い便意とともに、1日に何度も排便することがあります。 水様便や軟便が多く、急な下痢を引き起こしやすいのが特徴です。 特に男性に多く見られ、ストレスの関与が大きいとされてます。 |
IBS-C(便秘型) | 排便困難や腹痛、腹部膨満感を伴いやすいタイプです。 便がコロコロと硬くなることが多く、排便回数が減少します。 一般的な便秘症と症状が似ているため、正確な診断には問診や検査が必要です。 |
IBS-M(混合型) | 便秘と下痢が慢性化し、交互に繰り返します。 数日便秘が続き、排便後頻回の下痢が出やすくなります。 |
IBS-U(分類不能型) | 上記3つのタイプに当てはまらない症状を示すIBSです。 便の性状や排便頻度の変化が一定せず、診断が難しい場合があります。 |
3. IBSの原因とメカニズム
IBSは、腸に炎症や潰瘍といった見た目上に明確な異常がないにもかかわらず、慢性的な腹痛や便通異常が続く病気です。では、なぜこのような症状が起こるのでしょうか?
3-1. ストレスと腸の関係(脳腸相関)
IBSの発症や悪化には、脳と腸の密接な関係である脳腸相関が深く関与しています[1]。腸は「第二の脳」とも呼ばれ、自律神経やホルモンの影響を強く受ける臓器です。ストレスを感じると腸の運動が過敏になり、下痢・便秘・腹痛などの症状が引き起こされます。
近年の研究では、ストレスが腸内細菌のバランスを乱し、炎症を誘発する可能性も指摘されています。これにより腸内環境が悪化し、IBSの発症や悪化につながると考えられています。さらに、IBS患者では脳腸相関の異常が見られ、腸の不調がメンタルにも影響を与えることが知られています。そのため、治療には抗うつ薬や認知行動療法が用いられることもあります。
3-2. 腸内細菌のバランスの乱れ
IBSの患者では、腸内細菌のバランスが健常者と異なることが多くの研究で報告されています。腸内細菌は消化や免疫、腸の運動に影響を与えるため、これらのバランスが崩れるとIBSの症状を悪化させる可能性があります。
3-2-1. IBS患者の腸内細菌の特徴
研究によると、IBS患者では以下のような腸内細菌の変化が見られることが分かっています。
- ラクトバチラス菌(Lactobacillus)やベイロネラ菌(Veillonella)が増加
- 酢酸・プロピオン酸を産生する菌が増加
- 酪酸を産生する菌(Faecalibacterium など)およびメタン産生菌が減少[2]
本来、腸の健康を保つためには「菌のバランス」が重要ですが、IBS患者ではこのバランスが崩れていることが示唆されています。
3-2-2. なぜ「良い菌」が多いのに腸の調子が悪いのか?
従来、短鎖脂肪酸は腸に良い働きをすると言われており、酢酸やプロピオン酸を産生する菌が増えることは必ずしも悪いことではないと考えられます。しかし、以下のような要因から、一方的に増えることが腸に悪影響を及ぼす場合もあるのです。
- 腸内細菌のバランスが良い場合
酪酸産生菌(Faecalibacterium など)が適切に存在することで、酪酸の産生が維持され、腸の粘液分泌が正常に保たれます。これにより、腸のバリア機能が維持され、外部からの異物侵入を防ぎ、腸内環境が安定します。 - 酢酸やプロピオン酸を産生する菌が過剰な場合
バクテロイデス(Bacteroides)などの菌が増えすぎると、酢酸やプロピオン酸の産生が過剰な状態になります。その結果、腸の粘液産生が低下し、腸粘膜のバリア機能が弱まってしまいます。そうなると、腸の透過性が高まり(いわゆるリーキーガット)、外部からの異物が体内に侵入しやすくなり、さまざまな疾病の原因となる恐れも出てきます。
このように、酢酸やプロピオン酸を産生する菌が増えること自体は悪いわけではありませんが、バランスが崩れることで腸の機能に悪影響を与えることがあります。
3-3. 急性胃腸炎後に発症するIBS(PI-IBS)
近年までは、ストレスと腸管過敏が関連し合う「脳腸相関」が大きく関わっているとされてきましたが、最近の研究から急性胃腸炎後に発症するPI-IBS(post-infectious IBS)も原因の一つと考えられるようになりました。PI-IBSでは腸管粘膜に微細な慢性炎症が残存していることが特徴とされています。
3-3-1. PI-IBSの発症率とリスク要因
研究によると、急性胃腸炎にかかった人の約10〜20%がPI-IBSを発症すると報告されています。また、通常のIBSと比較して、下痢型が多いとされているようです。
発生の危険因子としては、重症な胃腸炎、女性、うつや強い不安感、細菌毒素などが挙げられます。
3-3-2. PI-IBSのメカニズム
PI-IBSでは、急性胃腸炎が引き金となり、以下のような変化が腸内で起こると考えられています。
- 腸管粘膜の微細な炎症が持続による、局所炎症の発生
- 腸のバリア機能が低下することにより、粘膜透過性が亢進し、異物が体内に侵入しやすくなる
- 自然免疫の活性化により、炎症を抑える機能が低下し、過剰な免疫応答が続く
3-4. 脂質の多い食事や刺激物の影響
日常の食事内容も、IBSの発症や症状の悪化に関与する要因のひとつとされています。特に、脂質の多い食事、カフェイン類、香辛料[3]はIBSの症状を引き起こしやすい食品として知られています。
これらの食品を過剰に摂取し続けると、症状を悪化させるだけでなく、特に脂質の多い食事はIBSの悪化要因として強く関連していると考えられています。また、香辛料(胡椒・生姜・ターメリックなど)を多く含む食品の摂取とIBSの発症には、明確な関連性が報告されています[4]。
4. IBSの診断と診断基準
IBSは、機能性消化管疾患(FGIDs)に分類されるため、明確な器質的異常がないことを確認することが診断の前提となります。そのため、大腸がんや炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病など)といった他の疾患を除外することが重要です。
4-1. 問診と診察
- 症状の詳細な聴取(腹痛・便通異常のパターン・症状の持続期間など)
- 過去の病歴や家族歴の確認(大腸がんや炎症性腸疾患の家族歴があるか)
- Rome IV基準(4-3の項参照)を用いた診断
4-2. 除外診断のための各種検査
他の疾患を除外するため、以下の検査を行います。
- 血液検査
- 貧血・炎症反応(CRP)・栄養状態(アルブミン)を評価し、炎症性腸疾患や消化管出血の有無を確認する。
- 便検査
- 便潜血検査:消化管出血のスクリーニング(大腸がんなどを除外)
- 便培養・便虫卵検査:感染性腸炎(細菌・ウイルス・寄生虫)との鑑別
- 大腸内視鏡検査
- 特に50歳以上の患者、血便・体重減少・発熱・貧血がある場合に推奨
- 大腸がん・炎症性腸疾患・虚血性腸炎の除外を目的として実施
- その他の検査(必要に応じて実施)
- 大腸粘膜生検(炎症性腸疾患や潰瘍が疑われる場合)
- 腹部CT検査(腸閉塞や腫瘍の可能性がある場合)
4-3. Rome IV基準
IBSの診断には、「Rome IV基準」が国際的に用いられています。これは、IBSを含む機能性消化管疾患の診断基準であり、日本の「機能性消化管疾患診療ガイドライン2020」でも採用されています。
月に4回以上腹痛が起こり、以下の項目が2つ以上当てはまることで診断されます。
- 排便と症状が関連する:排便により症状が緩和される場合など
- 排便頻度の変化を伴う:便秘により排便回数が増えたり、逆に下痢で減ったりする場合など
- 便性状の変化を伴う:コロコロ便状になったり、水様性になったりする場合など
期間としては6ヶ月以上前には発症しており、間近3ヶ月で上記を満たす場合とします。
5. IBSの治療ガイダンス
IBSは、外見上は異常が見られないものの、患者にとっては非常につらい症状を伴う疾患です。そのため、医療機関とのコミュニケーションがうまくいかず、病院を転々としたり、最終的には治療を中止してしまうケースも少なくありません。したがって、状態に関しては医師と十分に話し合い、納得してから治療を行うことが重要であると思われます。
5-1. 食生活や生活習慣の改善、ストレスの排除
まず、患者自身が取り組める対策として、食生活や生活習慣の見直しが挙げられます。具体的には、以下の点に注意すると良いでしょう。
- 高脂肪食や刺激物の摂取を控える:脂肪分の多い食事や香辛料、アルコールなどはIBSの症状を悪化させる可能性があります。
- 規則正しい食事と適度な食事量:規則的に食事を摂取し、暴飲暴食や夜間の大食を避けることが推奨されます。
- 十分な睡眠と休養:睡眠不足や疲労は症状を悪化させる要因となるため、十分な休息を心がけましょう。
- 適度な運動:軽い運動は腸の動きを促進し、症状の緩和に役立つとされています。
- ストレスの管理:ストレスはIBSの症状を悪化させる要因の一つです。リラクゼーション法や趣味の時間を持つなど、ストレスを溜め込まない工夫が必要です。
これらの生活習慣の改善は、明確なエビデンスこそありませんが、多くの研究からは明らかな関連性は見られており有用であると思われます。医療機関と連携しながら、自分に合った方法で取り組むことが大切です。
5-2. 薬物治療
IBSの診断後は、症状のタイプに応じて適切な治療が行われます。通常、単剤療法から開始し、症状や治療効果に応じて複数の薬剤を組み合わせることもあります
5-2-1. 高分子重合体(ポリカルボフィルカルシウム)
ポリカルボフィルカルシウムは、高い吸水性を持つ高分子化合物であり、胃内の酸性環境(pH4以下)でカルシウムが離脱することで活性化します。遊離したポリカルボフィルは、腸管内で以下のような働きをします。
- 下痢時:腸内の余分な水分を吸収し、ゲル化することで便を形成しやすくする。
- 便秘時:水分を吸収して膨潤し、腸管を適度に刺激することで蠕動運動を促進する。
このように、便秘型と下痢型の両方に有効であり、腸への刺激が少ないため、長期的な使用においても安全性が高いとされています。
注意点として、本剤は胃内が酸性であることが条件の薬剤であるため、プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの胃酸抑制剤を服用している場合や、胃を切除している患者では効果が減弱する可能性があります。これらの薬剤を併用する場合は、医師や薬剤師と相談し、適切な治療方針を決定することが重要です。
5-1-2. プロバイオティクス
プロバイオティクスとは、腸内細菌のバランスを整え、生体に有益な影響をもたらす菌類などの微生物や、それらを含む食品やサプリメントを指します。代表的な例として、ビフィズス菌(ビオフェルミン)や宮入菌などが挙げられます。まず、プロバイオティクスの利点について挙げていきます。
- IBSのすべてのタイプ(IBS-C、IBS-D、IBS-M)に対して有効性が期待できる
- 副作用が少なく、安全性が高い
- 比較的低コストで継続しやすい
- 試験例が豊富であり、質の高いエビデンスがある
一方、プロバイオティクスには多種多様な菌種が存在し、試験によっては単独菌株での検証や複数の菌株を組み合わせた試験など、研究デザインが異なることが多く、また個人によっても効果的な菌種が異なるため、どの菌種が最も効果的かを一概に判断することは難しいとされています。
5-1-3. 消化管運動機能調整薬
消化管運動機能調整薬の代表的な薬剤として、マレイン酸トリメブチンが挙げられます。この薬剤はオピオイド受容体に作用することで、自律神経のバランスに応じた腸の運動調整を行うのが特徴です。
・交感神経が優位な場合、消化管の運動を活発にする
・副交感神経が優位な場合、消化管の過剰な運動を抑制する
このように、腸の状態に応じて消化管の動きを調整するため、便秘型と下痢型の両方に有効であるとされています。また、腹痛や腹部不快感の改善効果も報告されており、IBSの症状全般に対する治療薬として広く使用されています。
5-1-4. 抗アレルギー薬
IBSの原因の一つとして、食物アレルギーとの関連が指摘されており、これまでの臨床研究において、食物アレルギーを持つIBS患者に抗アレルギー薬を投与することで、症状の改善が見られることが報告されています。特に、ヒスタミンなどのアレルギー反応に関連する物質が、腸管における過敏反応を引き起こし、IBSの症状を悪化させる可能性があるとされています。
一方、現時点では抗アレルギー薬は日本でIBSの治療薬としての適応はありません。しかし、ガイドラインにおいて抗アレルギー薬はIBSに対して強い推奨を受けており、高いエビデンスレベルが示されています。これにより、食物アレルギーが関与している可能性があるIBS患者に対しては、抗アレルギー薬が有効な治療選択肢となることが示唆されています。そのため、医師の判断のもと、特に食物アレルギーが関与していると考えられるIBS患者に対しては、抗アレルギー薬を治療法の選択肢の一つとみなすことができます。
5-1-5. 5-HT₃拮抗薬
腸管では、セロトニンが5-HT₃受容体に作用することで、結腸の運動が活発化します。そして、あまり過剰になると、下痢や腹痛などの症状を引き起こすことが知られています。5-HT₃受容体拮抗薬は、この受容体を阻害することで、腸管の過剰な運動を抑制し、下痢型過敏性腸症候群(IBS-D)の症状を改善します。代表的な薬剤として、ラモセトロン(商品名:イリボー®)があります。ラモセトロンの特徴は以下の通りです。
- 痛覚閾値の改善:ラモセトロンは便意切迫や下痢だけでなく、腹痛や不快感も改善します。
- 用量の性差:臨床試験において、男性と女性で有効性や副作用の発現率に差が認められたため、性別によって推奨される用量が異なります。通常用量として、男性は5μg、女性は2.5μgとなっています。
注意点としては、副作用として消化管運動を抑えるために、便秘や腹部膨満感が出やすいです。また、通常用量においても、便秘などの副作用は女性の方が出やすい傾向にあります。また、用量調整は1ヶ月ほどを目処とし、頻繁な調整は適していないとされています。
5-1-6. 粘膜上皮機能変容薬
粘膜上皮機能変容薬は、腸管にある細胞に作用して水分を腸内に移行させ、便秘を改善する薬です。これにより、便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)の治療に使用されます。代表的な薬剤には、ルビプロストン(アミティーザ®)とリナグリチド(リンゼス®)があり、いずれも腸管の水分量を増加させることで便秘を緩和します。
さらに、リナグリチドは腸管の運動を促進する作用だけでなく、内臓知覚過敏を改善する効果も併せ持っており、腹痛や不快感の軽減にも寄与します。したがって、便秘型IBSにおいて便秘だけでなく内臓の痛みを伴う患者に適用されることがあります。
副作用としてこれらの薬剤は、腹痛や下痢といった消化器系の副作用を引き起こすことがありますが、特にルビプロストンにおいては、女性における悪心の発生率が高いことが報告されています。したがって、特に女性では慎重に使用する必要があります。
5-1-6. その他治療薬
今まで記していた薬が基本になりますが、加えて各々の症状がひどい場合には、それに対する薬剤も用いられるケースもあります。
(1) 便秘型(IBS-C)の治療薬
- 5-HT₄刺激薬:
5-HT₄刺激薬は消化管の運動を活発化することから、従来から便秘型に用いられてきました。海外ではテガセロドに有効性があることで使われています1が、現在日本では未承認です。
日本では、5-HT₄受容体作動薬としてモサプリド(ガスモチン®)が使用されています。ただし、モサプリドは主に胃の運動機能改善を目的として使用されており、IBSに対する適応はありません。
日本では5-HT₄刺激薬として、モサプリド(ガスモチン®︎)が使われていますが、主に胸焼けや悪心など胃炎に対して用いられており、IBSに対する適応はありません。ある程度のエビデンスは認められているため、使用に際しては十分な検討が必要になります。 - 非刺激生下剤:
塩類下剤である酸化マグネシウムは、慢性便秘症の治療に広く使用されており、腸管内の水分を引き寄せることで排便を助けます。IBS-C患者に対する有効性を示す明確なエビデンスは限られているものの、便秘の改善を目的として使用されることがあります。ただし、高齢者や腎機能低下患者では高マグネシウム血症のリスクがあるため、注意が必要です。
ポリエチレングリコール(PEG)は、近年に慢性便秘症の治療薬として使用され始め、IBS-C患者においても便秘や直腸の感覚を改善する効果が示されています。PEGは小児から高齢者まで用いることができ、安全性も高く使いやすい薬剤です。 - 刺激生下剤:
アントラキノン系の大黄などがあり、大腸を刺激して排便を促します。便秘症に対して古くから使用されていますが、長期使用による耐性や依存性のリスクがあるため、習慣的な使用は避け、必要時のみの使用が推奨されます。 - 胆汁酸トランスポーター阻害薬(IBAT阻害薬):
胆汁酸は大腸で水分分泌を促進し、蠕動運動を亢進させることで便秘を改善します。IBAT阻害薬は、小腸での胆汁酸の再吸収を阻害し、大腸での胆汁酸量を増加させることで効果を発揮します。IBS-Cに対する直接的な試験はありませんが、IBS-Cを合併した慢性便秘症患者において、排便回数の改善などの有効性は確認されています。
注意点として、腹痛の副作用が報告されており、胆汁酸は腸管粘膜の透過性を高める可能性があるため、IBSの症状である内臓知覚過敏に影響を及ぼす可能性があります[5]。
(2) 下痢型の治療薬
- 止瀉薬:
止瀉薬としては、ロペラミド(ロペミン®︎)、タンニン酸アルブミン(タンナルビン®︎)、ベルベリンなどが用いられます。オピオイド受容体を介した作用を持つロペラミドは、海外の試験では一定の評価は得ていますが、腹痛を伴うIBS患者に対しては意見が分かれています。これらの止瀉薬は、患者によっては提案されるという程度であり、長期的な使用は望ましくないとされています。
(3)腹痛を伴うIBSの治療薬
- 抗うつ薬:
IBS患者はうつ病を併発していることが多く、また内臓知覚過敏による腹痛の改善を目的として、抗うつ薬が使用されることがあります。特に、三環系抗うつ薬(TCA)や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が用いられることが多いです。ただし、TCAは便秘の副作用が出やすいため、主に下痢型のIBS患者に、SSRIは便秘型に適用されることが推奨されています。 - 抗コリン薬:
抗コリン薬は、腸管の運動を抑制することで腹痛を軽減する効果があります。腹痛を伴うIBSに対しては、抗コリン薬を中心とした治療を行うとされています。副作用として、口渇、便秘、心悸亢進などが出やすいため注意が必要です。
(4) 漢方薬
漢方薬は日本独自の治療法であり、IBSに対しても一定の効果が期待されますが、エビデンスは限定的であり、患者によって効果に差が出る場合があります。現時点では、個別の症例に応じた使用が重要です。
- 桂枝加芍薬湯
桂枝加芍薬湯は、IBSにおける基本的な漢方処方とされています。特に、腹痛や便秘、下痢を伴う様々なタイプのIBSに用いられることがありますが、現時点でのエビデンスは限られており、今後の研究が必要です。いくつかの基礎研究では、消化管の運動が過剰な場合に効果を示すとされています。このため、消化管運動調整機能を持ち、下痢や腹痛を緩和する可能性が示唆されています。 - 半夏瀉心湯:
半夏瀉心湯は、特に下痢型IBSに効果があると報告されています。研究によると、軟便の場合に高い効果を示し、腹痛の改善にも有用であることが示されています。 - 大建中湯:
大建中湯は、特に便秘型IBSに用いられることがあり、腹部膨満感を伴うIBS患者に対して効果的とされています。研究では、腹部膨満、放屁、排便感に対して有効であることが示されています。 - 大黄(アントラキノン系下剤)配合漢方薬:
大黄を含む漢方薬、例えば大黄甘草湯や麻子仁丸は、便秘改善に対して高い効果が認められています。しかし、前述の通り、大腸刺激性下剤は連用による耐性が発生しやすいため、短期間での使用が推奨されます。
6. 新しい治療法
6-1. オピオイドδ受容体作動薬による新しいIBS治療法
東京理科大学の研究により、オピオイドδ受容体作動薬が過敏性腸症候群(IBS)の症状を緩和する可能性が示唆されています。この薬は脳の特定部位を介して腸の過敏反応を抑制し、腹痛や便通異常の改善に寄与する可能性があります。IBSは脳と腸の相互作用が重要な役割を果たしており、δ受容体作動薬が腸の過剰な反応を抑えることで新たな治療法として期待されています。現在は研究段階であり、今後の臨床試験での確認が求められます。
6-2. 腸内細菌群移植(FMT)
腸内細菌群移植(Fecal Microbiota Transplantation、FMT)は、IBSの治療法として新たな可能性を秘めています。最近の研究では、腸内フローラのバランスがIBSの発症や症状に関与していることが明らかになり、腸内細菌群移植が治療法として注目されています。
FMTは、健常者の腸内細菌を患者に移植することで、腸内の微生物環境を改善し、IBSの症状を緩和することが期待されています。特に、腸内細菌の多様性を回復させることで、過敏性腸症候群の症状が改善される可能性が示されています。複数の臨床試験において、FMTがIBS患者において腹痛や便通異常を改善する効果が報告されていますが、まだ広く実施されている治療法ではないため、今後の研究と臨床実践における検証が重要です。
6-3. 認知行動療法
認知行動療法(CBT)は、IBSに伴うストレスや不安を管理するための有効な治療法として注目されています。脳腸相関に基づき、IBSの症状は精神的な要因にも影響を受けることがあります。CBTは、患者が自分の思考や感情を認識し、ストレスを軽減するための方法を学ぶことで、症状を改善する効果が期待されています。複数の臨床研究で、CBTがIBSの症状や生活の質を改善することが示されています。
7. さいごに
過敏性腸症候群(IBS)は、様々なことが考えられていますが詳細に関してはまだ不明なことが多いのです。一般的にはストレスや食生活、腸内環境などさまざまな要因が関与する疾患と言われ、、症状も人によって異なります。そのため、適切な診断を受け、自分に合った治療法を見つけることが症状の改善に繋がります。
近年では、新しい薬や治療法の研究が進んでおりより効果的なアプローチが可能になっています。ストレス管理や生活習慣の改善と併せて、適切な薬物療法を取り入れることで、日常生活の負担を軽減できる可能性があります。
IBSの症状で悩んでいる方は、自己判断せずに専門医に相談することが大切です。適切な診療を受けることで、QOL(生活の質)の向上が期待できます。本記事で紹介した治療法や薬についても、医師と相談しながら適切に活用してください。
【参考文献・参考資料】
- Mayer EA et al. Gut-Brain Interactions and the Pathophysiology of Irritable Bowel Syndrome. Gastroenterology. 2015 ↩︎
- Pozuelo M, Panda S, Santiago A, et al. Reduction of butyrate- and methane-producing microorganisms in patients with irritable bowel syndrome. Sci Rep 2015 ↩︎
- Shepherd SJ, Parker FC, Muir JG, Gibson PR. Dietary triggers of abdominal symptoms in patients with irritable bowel syndrome: randomized placebo-controlled evidence. Clin Gastroenterol Hepatol 2008; 6: 765-771 ↩︎
- Esmaillzadeh A, Keshteli AH, Hajishafiee M, et al. Consumption of spicy foods and the prevalence of irritable bowel syndrome. World J Gastroenterol 2013; 19: 6465-6471 ↩︎
- Münch A, Ström M, Söderholm JD. Dihydroxy bile acids increase mucosal permeability and bacterial uptake in human colon biopsies. Scand J Gastroenterol 2007; 42: 1167-1174 ↩︎
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