1. はじめに
かつて、重症のアトピー性皮膚炎患者に対しては、強力なステロイド外用薬が主な治療法として用いられ、効果が得られなかった場合には、シクロスポリンなどの全身免疫抑制薬が内服薬として使用されることが一般的でした。しかし、効力が強力な反面、長期間の使用には慎重を要し、特に全身免疫抑制薬に関しては、感染症のリスクや腎臓への負担など、副作用のリスクが高くなる可能性がありました。
そのような中で、アトピー性皮膚炎治療における新たな選択肢として、生物学的製剤1である「デュピクセント(一般名:デュピルマブ)」が登場しました。2018年4月に使用が開始され、これにより治療法の転換点が訪れました。デュピクセントは、従来の治療法とは異なり、特定の免疫反応をターゲットにすることで、効果的にアトピー性皮膚炎の症状を抑えることができます。また、副作用のリスクが比較的低く、長期的な使用にも可能である特長があります。
現在では、デュピクセントをはじめとする生物学的製剤がアトピー性皮膚炎の治療において広く使用されており、安全性も一定程度担保されています。特に、デュピクセントは発売から5年以上経過しており、臨床での使用実績が豊富です。本記事では、デュピクセントの効果や副作用、治療のメリットについて詳細に解説し、その有用性を探っていきます。
2. デュピクセントとは?
デュピクセントは、2018年4月に日本で初めてアトピー性皮膚炎の治療薬として承認されたモノクローナル抗体薬です。これにより、アトピー性皮膚炎の治療に革命をもたらし、特に従来の治療法で効果が得られにくかった患者にとって重要な選択肢となりました。現在では、日本国内でも他の3種類の注射薬が発売されていますが、デュピクセントはその中でも最も使用歴が長く、実績も豊富です。そのため、患者の状態に応じた治療が可能となり、医師からの信頼も厚い治療薬の一つです。
2-1. デュピクセントの作用機序
デュピクセント(一般名:デュピルマブ)は、アトピー性皮膚炎における皮膚のかゆみ、炎症、さらには皮膚バリア機能低下といった3つの主要な症状を引き起こす原因物質をターゲットにした革新的な治療薬です。デュピクセントは、特に2型炎症反応の主要因となるIL-4とIL-13という2種類のインターロイキン(免疫系の細胞間でシグナルを伝達する分子)を選択的に抑制します。これにより、アトピー性皮膚炎における免疫応答を制御し、症状の軽減に繋がります。
2-2. デュピクセントの適応
デュピクセントは、アトピー性皮膚炎をはじめとする様々なアレルギー疾患に対して有効性が認められています。以下の疾患に対して適応がありますが、すべて既存の治療において効果が不十分な場合に限るという点が重要です。
- アトピー性皮膚炎
既存の治療法(ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬を含む非ステロイド外用薬)による適正な治療を専門医の指導のもとで一定期間行なっても効果が得られない場合に使用されます。対象となる患者は、強い炎症を伴う皮疹が広範囲に広がっている症例に限られます。
また、原則としてデュピクセント治療中でも、ステロイド外用薬や保湿剤を併用する必要があります。 - 結節性痒疹2
治療には、原則としてステロイド外用薬を使用します。それでも症状が多発し、広範囲に広がる場合に限り検討します。 - 突発性のじんましん
食べ物や物理的刺激など、症状を引き起こす原因が特定できず、通常の治療(抗ヒスタミン剤の増量など)でも改善しない強いかゆみと膨疹が繰り返し現れる場合に、本剤を追加で使用します。 - 気管支喘息
吸入ステロイド薬やその他の長期管理薬を使用しても十分にコントロールできない、重症または難治性の気管支喘息患者が対象です。ただし、この薬は既に発生した喘息発作を即座に抑える効果はありません。そのため、急性の発作に対しては別の薬剤を使用する必要があります。 - 鼻茸3を伴う慢性副鼻腔炎
ステロイド内服薬や手術を行っても十分に改善が見られない場合に適応されます。
2-3. デュピクセントの効果
デュピクセントは、日本人を含む臨床試験において、その効果が実証されています。医師による皮膚炎の全般的な重症度評価(IGA)において、皮膚症状がほぼ消失または消失した(IGA≦1)患者の割合は、16週時点でデュピクセント群が約19%、プラセボ群では3.7%でした。さらに、治療を継続した52週時点では、デュピクセント群でさらに高い割合の患者が同様の改善を示しました。この結果は、デュピクセントが長期にわたり症状を抑え、従来の治療で十分な効果が得られなかった方にも有望な治療法であることを示しています。
2-4. デュピクセントの主な副作用
デュピクセントは、重篤な副作用はほとんど報告されていません。これは、従来の免疫抑制剤であるシクロスポリンやJAK阻害薬と大きく異なる点であり、炎症要因物質をピンポイントに抑えることで、全身的な免疫抑制による弊害がほぼないためです。そのため、重篤な副作用の発生頻度は低く、主な副作用は軽度であることが多いです。以下は、特記すべき副作用です。
- 重篤な過敏症
非常に稀ではありますが、本剤に対して過敏症反応を起こすことがあります。最も重篤な反応としては、アナフィラキシーショックが挙げられます。呼吸困難や意識消失など異常が起きた場合には、即座に使用を中止し、適切な医療処置を行う必要があります。 - 注射部位反応
注射部位に発赤、かゆみ、腫れなどの反応が現れることがあります。これらは軽微な副作用であり、多くの場合は一時的なもので、時間が経つにつれて改善します。発生率が比較的高い副作用の一つです。 - ヘルペス感染
特に口囲や唇にヘルペス(口唇ヘルペス)が発生することがあります。免疫系に影響を与える薬剤に共通する副作用として、既存のヘルペスウイルスが再活性化することがあります。 - 眼症状(結膜炎、眼瞼炎、眼乾燥など)
目の周囲やまぶた裏に炎症が生じることがあります(結膜炎や眼瞼炎)。また、目の乾燥感や不快感が現れることもあります。これらの症状は、軽微ですぐ改善することが多いですが、適切な眼科的フォローアップが推奨される場合があります。
2-5. デュピクセント使用上の注意事項
2-5-1. 保管に関する注意事項
デュピクセントは、薬剤の安定性を保つために箱ごと冷所(2〜8℃)で保管します。箱ごと保管する理由は、薬剤を光から保護するためです。凍結を避ける必要があり、また、振動による成分の変性を防ぐため振らないようにしましょう。
万が一、室温(25℃以下)で14日間以上放置された場合、その注射器は使用せず廃棄する必要があります。
使用時には、30〜45分前に冷所から出し、室温に戻すことが推奨されます。薬剤が冷たいままだと、注射時に痛みや不快感が強くなる可能性があるためです。
2-5-2. 効果に関する注意事項
デュピクセントの投与により、併存する他のアレルギー性疾患(喘息など)の症状が変化する可能性があります。そのため、これらの疾患に対する適切な治療を続けることが重要です。特に、治療を怠ると症状が急激に悪化し、喘息では命に関わる危険性もあります。
3. 他アトピー治療薬との比較
3-1. 他モノクローナル抗体薬との比較
2025年1月現在、類似の注射剤として国内では他に3剤発売されています。デュピクセントにおいては発売から時間が経過しており、その実績や使用経験が豊富です。これにより、他の治療薬と比べて対象年齢が大きく引き下げられている点が特に特徴的です。デュピクセントは6ヶ月以上の年齢から使用でき、アレルギーマーチ(アレルギー疾患が順次発症する現象)を防ぐためにも、幼少期からのアトピー性皮膚炎治療は非常に重要です。この点において、デュピクセントの早期治療開始は患者の将来的なアレルギー疾患リスクを減少させる可能性があり、非常に有用であると考えられます。
医薬品名 (一般名) | 作用点 | 用法 | 対象年齢 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
デュピクセント (デュピルマブ) | IL-4, 13 | 2週間毎 | 6ヶ月以上 | 適応が広範囲 |
ミチーガ (ネモリズマブ) | IL-31 | 4週間毎 | 13歳以上 | かゆみ特化 副作用多 |
アドトラーザ (トラロキヌマブ) | IL-13 | 2週間毎 | 12歳以上 | 海外では4週間毎でも可 |
イブグリース (レブリキズマブ) | IL-13 | 2~4週間毎 | 12歳以上 | 半減期が長い (薬が体内に長く留まる) |
3-2. 重症アトピー性皮膚炎治療内服薬の比較
重症のアトピー性皮膚炎患者に対する治療では、免疫抑制剤のシクロスポリンや、近年種類が増えてきたJAK阻害薬が使用されることがあります。これらの治療薬は有効性が高いものの、使用時に注意すべき点が非常に多く、添付文書には警告が長文で記載されています。特に免疫抑制作用による感染症リスクは重要な課題です。そのため、これらの薬剤を使用する際には、患者の状態やリスクを十分に考慮する必要があります。
これに対し、デュピクセントをはじめとするモノクローナル抗体薬は、免疫抑制による副作用が少なく、感染症リスクも比較的低いとされています。そのため、安全性の高い治療選択肢として、特に重症例においては非常に画期的な存在となっています。
4. デュピクセントの治療費
4-1. デュピクセントの治療費の概算
デュピクセントは、高い有効性と安全性を持つ薬剤で、特に重症度の高いアトピー性皮膚炎患者にとって非常に有用な治療選択肢です。しかし、治療費が高額であることが懸念されています。以下に、自己負担割合ごとの薬剤費の概算を示します。この金額はあくまで薬剤費のみであり、診察費や薬局での調剤料などは別途加算される点にご注意ください。また、高額な医療費負担を軽減する仕組みとして高額療養費制度があり、詳細は4-2で説明します。
デュピクセントには、薬価が異なるペン型(53,493円)とシリンジ型(53,659円)の2種類がありますが、その差はわずかであるため、ここでは1本あたり約53,500円として計算します。通常の用法では2週間に1本使用するため、ひと月あたり2本が必要です。
【ひと月にかかる自己負担額の各負担割合における概算】
- 3割:53,500×0.3×2=約32,100円
- 2割:53,500×0.2×2=約21,400円
- 1割:53,500×0.1×2=約10,700円
これに診察料や薬学管理料他を合わせても、通常の2本使用では高額療養費制度の上限額を超えることは少ないと考えられます。
一方で、症状が安定してくると、1回の診察で4本以上まとめて処方される場合があります。このような場合、高額療養費制度を利用することで家計への負担を軽減できます。
4-2. 高額療養制度とは
高額療養費制度とは、医療費の自己負担額が1ヶ月間で一定額を超えた場合、その超過分が返還される仕組みであり、患者負担を軽減する重要な制度です。この制度は自己負担額を世帯合算することができるために、さらに負担を減らすこともできます。
高額療養費の上限額に関しては、年齢や所得によって大きく変わることがあります。該当の方は加入している保険者に問い合わせをすることをお勧めします。詳細な上限額については、厚生労働省の公式ウェブサイトや加入している健康保険組合などで確認してください。
また事前の申請なども必要となるために、該当する方は申請不要なマイナ保険証があると便利だと思われます。
コメント